小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

アキちゃんまとめ

INDEX|25ページ/75ページ|

次のページ前のページ
 

それならわたしとけっこんしよう-8



「……来ちゃった」

夏なのに涼しいのはきっとここが標高千五百メートルを越えているからだ。私はママのお兄ちゃんに作ってもらったつばの広い帽子をかぶり直しながら荷物が転がらないようにと気を配る。
隣に居た福チャンが首を傾げるのに、私は首を振る。

学期末テストが終わって夏休みに入る頃になっても私の携帯電話は鳴らなかった。正確には、やすとも専用に設定していた着信メロディが鳴ることは無かったのだ。
私は首をかくりと傾げて、仕方がないなぁと自分に言い聞かせるように呟いた。それから帰ってきていたパパのところに行って、夏休みに出かけてきてもいい?と訊ねた。パパはもちろんいいよって笑っていたから、福チャンについていくノ、とぼそぼそと小さく付け足す。パパはやっぱりきょとんとしていて、私は必死に説明する。
福チャンが、長野のレースの指導者?に呼ばれてて、一緒に来ないかって言われたの、アト。
そこで一度深呼吸をする。
結婚しないかって言われた。
そう口に出したとき、私は何故だかとんでもなく恥ずかしくなって俯いてしまった。リビングのソファで向い合せに座ったパパから、私の顔が見えていないといいな、なんて思った。パパはしばらくの沈黙の後に、そっか、とやわらかく言った。私はそのときパパに言いたいことがたくさんあった。
あのねパパ、失恋するってすごくつらいことだね、私この間うまれてはじめての失恋をしたの、でも私でもいいって言ってくれるひとがいたの、パパだったらどうする?ママに好きじゃないって言われてたらどうしてた?諦めてた?ずっと追いかけた?そのとき他の人に告白されたらどうしてた?ママがパパのこと好きだってこと心から信じてた?
口から出てこないばっかりの言葉たちが私のおなかの中でぐるぐるとまわる。パパは私のそんな気持ちを見据えているみたいに、そっかぁ、ともう一度、かみしめるように言った。私は回らない頭で、おやすみの挨拶をしてさっさと自分の部屋に戻った。パパとの会話を続けたがらなかったのも、生まれて初めてだった。
パパは後日改めて説明にやってきた福チャンに、よろしくお願いしますね!とにこにこと笑っていた。パパもそのレースには招待されていたのだけど、どうしても都合がつかなかったのだと言っていた。そういえば、長野で開催されるらしいそれはヒルクライムレースだ。
私はパパの娘だけど、専門的なことはさっぱり分からない。パパが主催の人に電話して見学させてもらえるように言っておくね、とにこにことしていたのが申し訳なかった。でも私は行くと言ってしまった手前、取り消す気持ちにもならず、こくんと頷いた。

結局、私にとっては二泊三日のただの旅行になってしまった。出発の日は福チャンと横並びで新幹線に乗って、福チャンが自転車と車以外の乗り物を使うんだってことになんでだか感動した。福チャンは向こうに到着するまで何度も私に食べ物を勧めてきたけど、全部食べていたらおなかがパンクしてしまうのは目に見えていたから、おいしそうな駅弁を半分ことアイスクリームを食べたあとは断ってしまった。すごく不思議そうな顔をされたので、多分福チャンは高校生の女の子が食べる量をよく分かってないんだと思う。


「福チャンは走ったりするの?」
「いや、持ってきてはいるが、レース自体には参加しない。今回はレース後の解説やボランティア指導の目的で呼ばれている」

最寄りの駅からタクシーで二十分。山頂にあるホテルについたときには夕方近くなっていた。明日のレース当日について訊ねると、福チャンからはそういう答えが返ってきた。福チャンってうまく教えられるのかな、とか思ってしまうけど、今までどのチームでもエースに上り詰めていたし、学生時代は部長さんだったっていうぐらいだからきっと大丈夫なんだろう。
福チャンと私は同じホテルだけれど、もちろん部屋は別々だし、福チャンは泊まれればいいという考えだったらしい。ビジネス系の部屋を取っているらしい福チャンと別に、独りで悠々と内風呂付きの部屋を使うことになった私は少し後ろめたい。ママがこういうときに贅沢してこいって言っていたけれど、こういうところはもしかして、OLがリッチな旅行をしたいときとかに使うものなんじゃあないだろうか。未成年一人の宿泊ではなく、福チャンが連名にしてくれて助かったと思う。

「明日は、その、どうする」
「どうするって?」
「いや……」

ついてこないかと言ったのは福チャンなのに、なんて思いながら私はエレベーターの中で福チャンを見上げる。私は標高二千メートルのそのまた最上階で、福チャンは二階のフロアだった。部屋の前まで私の荷物を引っ張っていく福チャンに続いて私はエレベーターを降りる。
こういうときも一緒にきてくれって言っていいんだよ、と私は福チャンの背中に向かって念じる。もしも、もしもだ。福チャンが今まで私の寂しさを埋めるためにタイミングよく現れていたのが偶然じゃあないのなら。
ぴたり、と福チャンが部屋の前で立ち止まる。私は荷物を受け取りながら、じっと福チャンを見上げる。
そのままきっかり三秒間、私たちは見つめ合った。

「一緒に来ないか」

私はその言葉を聞いて、私はやっぱり「うん」と言った。
作品名:アキちゃんまとめ 作家名:こうじ