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アキちゃんまとめ

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それならわたしとけっこんしよう


それならわたしとけっこんしよう

「東堂さんと結婚しちゃおうかな」

ぽつんと呟いただけの声が思ったよりも響いてしまって、私は少し焦った。目の前の福チャンが驚いたみたいに両目を少しだけ大きく開いて私の顔を見ている。

「何故、だ」
「だって、一番好きな人と結婚できないなら、一緒だよ」

みんな一緒。
私の声はこんなになよっちくて細くて、馬鹿みたいに小さかっただろうか。耳に入ってくるのは別人みたいな台詞。
十六歳になったからこれでやすともと結婚できるねって誕生日に押しかけて、大きな声で宣言して抱きついた。そうしたらやすともはきっと「そうだネ」って言ってくれるんだって信じてた。
いつだってやすともは私の告白を全部かわして、ふらふらしてるみたいに見えて必ず私の手の届くところに居てくれた。パパが帰ってこないかもしれないってわんわん泣いた夜、ママを困らせていた私を抱き上げて、私が泣き疲れて眠りに落ちるまでずっと一緒に玄関に座ってパパを待ってくれた。バレエの発表会に似合わない花束を持ってきてくれたし、やすとものアパートで覚えたてのレシピを食べきれないくらい作っても文句を言いながら食べてくれた。
だから私は馬鹿みたいに、いつかやすともが言った「結婚できるようになったらネ」っていう言葉を信じてた。やすともはどんな綺麗な女の人とも付き合わなくて、私はいつでもやすともの家に合鍵で乗り込むことができた。それはきっと、やすともが私が十六歳になるのを待ってたからだって思っていた。思い込んでいた。
私が、これで結婚できるって言って、飛びついた先、やすともは私を抱きしめ返してはくれなかった。
不安を押し込めて、やすとも、と出来るだけ明るい声で言ったつもりだった。でも相手から返ってきたのは予想外の言葉だった。

『二十歳になったらネ』

背中に飛びついていた私からはやすともの表情は見えなかった。でも、なんでもないことみたいに言っているんだろうなっていう、そういう、声だった。私の手はみるみるうちに冷たくなって、震えださないのが不思議なくらいだった。
だって、そうでしょう。
私は待ったの。たくさん待ったの。最初に告白したのは中学生になってからで、勘違いだって流された。何回も何回も、私はやすともに好きだって言って、笑ったり泣いたりを繰り返しながらやすともが一番なんだって伝えてきた。でも、やすともの言葉で私は理解してしまった。

「(あぁ、このひとは、私がまだ本気だって信じてないんだ。誤魔化すために約束を先延ばしにしているんだ)」

そう思ってしまってからはよく覚えてない。勢いよくやすともの家から飛び出して、見慣れた道をがむしゃらに走った。遠回りを何度もして、家の近くまで走ってきたときだった。買い換えたばっかりの革靴でつま先が痛かったし髪の毛はきっとぐしゃぐしゃだった。そんな私の目の前で一台の車が止まって、そこから私と同じくらい酷い顔をした福チャンが飛び出してきた。何があったんだ! って血相を変えて。
それから私は堰が切ったように泣き出して、困った福チャンにとりあえず車に乗せてもらって、今まで来たことのない、家から少し遠い喫茶店に招かれた。
柔らかい一人掛けのソファに向かい合って、ようやく私はきちんと深呼吸できた気がした。お店は夕暮れだということもあって静かに流れているクラシック以外には時折聞こえる鳥の声くらいしか存在していなかった。お店の隅っこの席で、観葉植物の壁に守られたスペースはとてもほっとした。福チャンは私の分の紅茶とパンケーキを注文してくれて、私はずっとうつむいたままだった。
そうして紅茶の湯気が薄れて、パンケーキに乗っていたアイスクリームが原型を無くてしまったころ、私は一番最初の言葉を呟いた。

「……荒北と、結婚したいと言っていただろう」
「やすともは、」

結婚してくれない。そう言おうとしたのに、喉が詰まってうまくしゃべれない。陸に上がった人魚姫もこうして声を出せなかったのかな、とも思う。でも私は人魚姫じゃなかったからたくさん好きだって言ったしたくさん好きになってもらえるように頑張ってきた。
東堂さんはずっとママが好きだって言っていた。だからママの血を半分引いていて、お姉ちゃんよりもママに似ている私が好きなんだって。十六歳になったら結婚しようって何度も言われた。ママとパパは冗談言うなって笑っていたけど、私には東堂さんが本気だってことが分かっていた。
求められたい、と。そう思うことは間違いなんだろうか。一番好きな人と結婚できないなら、笑って流されてしまうなら、本気にしてもらえないなら。だったら私でいいって言ってくれる人と一緒に居てもいいと思うのは、ダメなんだろうか。
私は福チャンの顔を見れないままに紅茶に手を伸ばす。

「なら」

福チャンの声が、まるで大事なことを言うみたいに小さく顰められる。満点の星空の下、テントの中で内緒話をするみたいな。

「俺と結婚してくれ」

取り落としてしまった角砂糖がテーブルに落ちて微かな音を立てる。今日初めて真っ直ぐ見た福チャンの顔はとても真面目だった。いつもの仏頂面っていう顔ではなくて、冗談でも慰めでもないんだっていうのが、わけもわからず私に届いた。


※福アキちゃんルート?
作品名:アキちゃんまとめ 作家名:こうじ