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メドレーガールズ

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「志生野、話って何?」
職員室の一角で水嶋先生と律子は向かい合って座った。呼び出したのは先生ではなく、律子の方だ。キャプテンとしてどうしても言いたい事があった。
「真美ちゃんをブレのトライアルに出させるのは何か理由があるんですか?」
「一番速い人をリレーに出す。それだけよ」
 お互いに言わずとも、帆那と真美の二択だと後者の方がやや分があるのは分かっている。
「帆那もようやく気付いたみたいで、発表の日から毎朝基礎トレやってるんですよ」
 律子は帆那が必死にレギュラーを目指して自主的に取り組んでいることをアピールしたが、先生は表情一つ変えなかった
「それに……」律子は間髪入れずに話続ける「真由にしても帆那と真美ちゃんとの板挟みで落ち着けないんじゃないかな、って思うんです」
「それで……」先生は半ば呆れ顔で溜め息を吐いた「志生野は勝ちたいのか仲良しチームで思い出作りをしたいのか、どっちなの?」
「そ、それは……」
律子は言葉に詰まった、選べないからだ。
「志生野がどう言おうと私は今考えられる最善の方法を、採ります」
 先生は机の上にある名簿を揃えてトンと音を立てて立ち上がった。
「それと志生野、あなたはフリーの練習もしなさい」
「それも、勝つため――ですか?」
「当然よ。バタとフリーはどっちを出すか検討したいの」
 律子自身もリレーはバタフライで出るつもりで調整してきた。今になって種目を変えるのには心の準備がいる。逆に自由形で調整してきた真由も同じだ。律子は先生の意図することが理解できず、しっかりとした反論もできずに黙った。
「いずれにせよ、今のままじゃ勝つには厳しいわよ。でも勝機がない訳じゃない、なら考えられるすべての手を講じたい」
 先生は厳しく言った事をフォローするように、ニコッと笑った。普段は怖い体育教師であるが、その笑顔は20代半ばの女性のそれだ。
「こっちおいで」
 先生は職員室の前に出て、律子を手招きした。職員室前の廊下には卒業生が各種大会で勝ち獲ったトロフィーや盾が並んでいる。
「ここに私のは、ないんだ」
 水嶋先生も浦中の卒業生だ。個人メドレーでの優勝経験があり、国体にも出場したスイマーだったが、彼女の軌跡はここにはない。ここにあるものはチームとしてのそれのみだ。
「私もね、個人じゃなくてリレーで一番になりたかった。それが心残りだった」
 個人で勝ってもクラブ全体で喜べない、喜ぶのは自分一人の気がしてならないから。先生はそう漏らした。律子は先生の口からでた本音を聞いて、兄の言葉がひとりでにリンクするのを感じた。

   チームとして勝ちたい

律子始め三年生だけではない、リレーでの優勝は先生や兄を始め、卒業生全員の悲願でもあるのだ。自分たちの意見は抜きにして、卒業生代表とも言える先生の思いも律子には痛いほど理解できた。
「私……、真美ちゃんにはわるいけど、やっぱり四人で一番獲りたいです」
 贅沢かもしれないが、律子の希望は二つある。そしてどちらも譲りたくない。仲間として誓い合ったからこそ気持ちが続いている。今の自分にはそのどちらもが必須条件だった。
「だったらキャプテンがしっかりしないと、希望は与えてくれるものではなく、自分で手繰り寄せるものよ」
 部員全員の前で言っても良いことを敢えてキャプテンである自分だけに言う事の意味が律子には分かり、大きく頷いた。
「二回は言いたくないけど、トライアルは速い者を選ぶ。わかったわね?」
 ここで五時間目の始まりを知らせるチャイムが鳴った。律子は先生に促され、一礼をして教室に戻った。


 浦風中学校女子水泳部。すべての種目で一位からは遠ざかって長いが、水嶋先生を始め多くの支援があってクラブは存続してきた。
 今年も大トリを飾るメドレーリレー、代表として覇権の奪還を目指す四人の三年生、律子、望、真由そして帆那。彼女たちが自分たちなりに思い描いていた図は、四人で誓った目標は一つになっているものの、それぞれの前にある道のりを見れば決して平坦なものではないようだ――。


   選考トライアルまであと一週間
   大会まで2ヶ月――。


  メドレーガールズ 第二章へつづく


作品名:メドレーガールズ 作家名:八馬八朔