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でんでろ3
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セルミンテの青い風

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「ねぇ、航介さん、あなた、いろんな国に行ったことがあるのよねぇ」
晴子さんは、ちょっと垂れ目で、泣き黒子があって、若干、天然なお嬢さんだ。
「ああ、イギリス、フランス、アメリカ、ロシア、……、有名所は、大体、回ったな」
かくいう僕は……、見栄っ張りの大嘘ツキです。
「じゃあ、逆に、『ここは、絶対に誰も知らない』って、言う穴場はない?」
「えっ? そ、そうだなぁ。あ、穴場は……、セ、セルミンテかなぁ?」
「えっ、スゴーイ、聞いたこともない地名だわ。どんなところなの?」
「本当に何もない町だよ。ただ、海があって、青い風が吹いている。それだけの町だよ」
「ステキ! 私、そんな所に行ってみたかったの。ねぇ、私をセルミンテに連れて行って、ハネムーンとして」
「えぇっ? 晴子さん、本気かい? それって、僕と結婚するってことだよ」
「もちろん、本気よ。あ~、今から楽しみだわ、セルミンテ」
「えっ、あっ、いや、その」

他の旅行だったら、どうにかして、行き先を変えることが出来たかもしれない。あるいは、旅行自体を取り止めるという最終手段すら取れる。
でも、今回はダメだ。結婚がかかっている。結婚が揺らぎかねない。何とかして成功させねば。そう、ここ、熱海の地で!

「さぁ、着いたよ」
僕は、晴子さんのヘッドフォンとアイマスクを外すと、言った。
「もぅ~、何なの? これ? 航介さん。私、フィッシュ・ォァ・チキン、とか、サイト・シーイング・テンデイズ、とか、したかったのにー!」
「まぁまぁ、これも、君を驚かせるためだよ」
「でもでも、本当に、アイマスクしたまま、出入国審査通ったの?」
「ほら、日本を発つ前に、『進め電波少年』のビデオを見せただろう? みんな、アイマスクとヘッドフォンされて、いきなり海外に連れて来られてびっくりしていたろう? あれが、ちゃんと出入国審査をしていたら、誰が、いきなり海外に連れて来られたことになる?」
「そうねぇ。でも、あれ、本当なの?」
「こらこら、テレビが嘘をついていいと思うかい?」
「ううん、絶対に、いけないわ」
晴子さんは、激しくかぶりを振った。
「そうだろう。僕も、そう思うよ」
「でも、この町の看板とか、みんな、日本語だし、町の人の話す言葉も日本語みたいだけど……」
「あぁ、この町は、永い間、植民地として日本の統治下にあって、大政奉還でフランスに返還されたんだ」

「へー、でも、この土地の地名らしき字『ねっかい』? って、どう転んでも、『セルミンテ』にはならないと思うんだけど?」
「はっはっはっ、あれは、『ねっかい』なんて読まないよ。何なら、現地の人に、聞いてみるかい?」
僕は、手近にいた土産店のおばちゃんに話しかけた。
「あの字は、『ねっかい』なんて読まないですよね?」
おばちゃんは、心底呆れた、という顔をして、
「あんた、こんなとこまで来て、そんな事言ってんのかい? あれは、『ねっかい』なんて読まねーよ。あれは、……」
と言うが、もちろん、みなまで、言わせはしない。
「あー、分かってます。分かってます。正しい読み方知ってます。ありがとうございましたー!」
全速力でその場を離れた。

さて、次は、厄介だぞ。宿へのチェックインだ。

旅館の女中さん達が出迎えてくれる。
「いらっしゃいませ。熱……」
(……海へ、ようこそ)と続く前に、
「あたぁっ!」
と、ケンシロウの物真似をする。
女中さん達は、一瞬、鼻白んだが、気を取り直して、
「いらっしゃいませ。熱……」
「ぉあたぁっ!」
「いらっしゃいませ。熱……」
「あたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた、ゎたぁっ!」
「……お部屋へ、ご案内いたします」
……勝った。

「ねぇ、航介さん。母に報告の電話したの」
「あぁ、そう、なんか言ってた?」
「うん、秘宝館に行きたがっちゃ、いけませんって」
「えぇっ?」
「航介さん、私のケータイは海外じゃ使えないの」
「なんですとー?」
「『熱海』をググれば『あたみ』って出るし」
「ぁちゃー!」
「ケータイのGPSもバッチリ、ここが、日本の熱海だって……」
「ご、ごめんなさい」
僕は、畳に額を擦り付け、土下座した。
「僕は、君と結婚したかったんだ。だけど、セルミンテなんて町は、地球上のどこにもなくて、僕は、どうしようもないほら吹きで」
「ねぇ、航介さん。私が、旅行目当てで結婚した様に見えたの?」
「えっ? いや、そんな事は……」
「ねぇ、航介さん。あなたの言う通り、ここは、セルミンテよ。あなたがいて、私がいて、風が吹いたら、そこは、もう、セルミンテなんだわ」
作品名:セルミンテの青い風 作家名:でんでろ3