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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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 深い森に埋もれるように存在するアスクレピアの集落に、眩い朝の光が射した。
 山の稜線から顔を出した太陽は集落を明るく染め上げ、雲一つない青空へと登っていく。陽光を浴びた集落の人々は目を覚まし、活動を始めていた。
 その中のとある一軒家では、ちょうど朝食が始まったところだった。漂ってくるのは美味しそうなスープの匂い。穏やかな朝に、美味そうな朝食。一人じゃなく大勢で囲む食卓(実際は机はないが)。その幸せをかみしめながら、ゼノ・ラシュディは手を合わせ、楽しげに食事を始めた。のだが、
「俺は退治屋をやめる」
 突然の宣言に、ゼノは食事を口に入れる寸前でぴしりと固まった。大口を開けた間抜けな体勢でしばし静止したまま、キーネスの言葉の意味を考える。
(やめるってやめるって意味で合ってる、よな・・・・・・? 聞き間違いとか別の意味じゃない、よな・・・・・・?)
 そんなことを考えながら、ゼノは食べる寸前で停止していたのを思い出して、口を閉じスプーンを皿に戻した。
 ちらりと周囲に視線を送ると、キーネスの宣言に皆思い思いの反応を示していた。
 シリルは食事の手を止めて少し心配そうにこちらを見ていて、ティリーは黙々と食べ続けながらも視線はこちらに向けていた。アルベルトは椀を置いてこちらを静観する様子で、リゼは我関せずとばかりマイペースに食事を続けている。ベッドの上では起き上ったオリヴィアがスプーンを握りしめ、何か覚悟した様子でスープの椀を見つめていた。
「ちょ、ちょっと待て。どういうことだよ」
 視線を戻したゼノは、親友の真意を測りかねてそう訊ねた。なんとなく察しはつくが・・・・・・そう思っていたところへ、キーネスは大したことではないとでもいう風にさらりと答えた。
「ああ、説明が足りなかったな。やめるのは退治屋だけじゃなくて情報屋もだ」
「いやいやそういうことじゃなくて理由をだな!」
 身を乗り出した瞬間、勢いで皿をひっくり返しそうになったのであわてて押さえた。うっかり食べ物を無駄にしないように、皿を安全なところに退避させる。それから改めて親友に詰め寄ると、キーネスは覚悟を決めた顔で静かに言った。
「俺は退治屋達に嘘の情報を教えて危険な目に合わせた。これは退治屋としても情報屋としても重大な裏切りだ。その俺に、この仕事を続ける資格はないしこのままで許されると思っていない。オリヴィアが動けるまで回復したら退治屋同業者組合(ギルド)に行ってメダルを返上し、この件に関して正式な裁きを受けようと思う」
「えっと、つまり組合の犯罪取締局に出頭するってことか・・・・・・? いやそりゃあおまえのやったことは退治屋の掟を破ることだとは思うけどよ・・・・・・」
「そういうことだ。すまないな」
「いや、でもおまえはオレとオリヴィアを助けようとして・・・・・・」
「それでも、」
 ゼノの言葉をさえぎったのは、険しい表情でこちらを見つめたオリヴィアだった。
「それでも掟破りは掟破りだよ。あたしら退治屋は魔物と戦って、運が悪ければ死ぬかもしれないことは覚悟してる。でも同業者に陥れられることは覚悟してないし、それは退治屋の掟からすれば明確な罪だ。情報屋だって似たようなもんじゃないかい? 客に嘘の情報を売るのは情報屋としてしてはいけないことだろ?」
 そう、掟がどんなに重要なことか良く知っている。オリヴィアの言にゼノは黙らざるを得なかった。
 退治屋というのは危険な職業だ。魔物と戦うのだから当然だが、オリヴィアの言う通り運が悪ければ死ぬ。自分や相手の力量を測り損ねた場合も同様だ。そういう意味では、今回フリディスに嵌められてピンチに陥ったのも、相手の力量を測り損ねたから、とも言えなくない。依頼人がそれはもう困り果てた様子だったために、すぐにでも退治に向かわなければならないと思ってしまったとはいえ、依頼内容をよく吟味しなかったのは事実なのだから・・・・・・
 それはともかくとして、危険で、けれど安全な生活のために欠かせない退治屋にはトラブルを避けるためにいくつもの掟がある。それの一つが、退治屋に嘘の依頼を教えてはならないという掟だ。
 あまりに当たり前すぎる掟だが、こんな項目がわざわざもうけられているのは、何十年か前に根性の曲がった退治屋が他の退治屋達に嘘の情報を教えて依頼を失敗させるという事件が山ほどあったからだ。退治屋は大金を稼げる職業でもあるため、稼ぎの少ない退治屋がライバルに嘘の情報を与えて依頼を失敗させて信用を失わせる、もしくは魔物に殺させるなんてことがあるのだ。そんなことしなくたってえり好みしなければ仕事は山ほどあるのだが、自分の力量をわきまえずライバルがいなくなれば仕事が増えるなどと思い込む輩が続出したので、「退治屋に仕事に関する嘘の情報を教えてはならない」という掟がわざわざ明文化されたのだ。
 そして、掟があるということは刑罰もある。「嘘を教えてはならない」という掟を破った場合、被害の程度にもよるが刑罰は結構厳しい。最低でも資格剥奪だ。
「ま、取締局の連中は厳しいけど、公平だからね。事情が事情だと分かったら、情状酌量の余地ぐらい考えてくれるよ。幸いにもあいつが関わった範囲では死人は出てないし、死刑にはならないだろ」
 黙り込んでしまったゼノに、オリヴィアが優しくそう言った。
 そう、救いなのは、キーネスが連れてきた退治屋達のほとんどは行動不能となるほど記憶喪失が進行しておらず、ダチュラの苗床となった者はほぼいなかったということだった。神殿の中と外ではダチュラの発芽・成長スピードが大きく異なるらしく、外にいる限り進行はゆっくりになるらしい。苗床になってしまった退治屋達は半年以上前、フリディスが連れてきた者ばかりだった。記憶喪失の退治屋達を元に戻すため、エゼールでの毒の中和と種の摘出でリゼとアルベルトに治療のため駆け回ってもらう羽目にはなったが。
「お前達には迷惑をかけた。時間はかかるかもしれないが、必ず償いはするもりだ。――勝手を言って、すまない」
 ゼノ達だけではなく、リゼ達にも向けてキーネスは言った。それから、親友は静かに食事に戻る。皆、特に何も声を掛けなかったので、重い沈黙がその場に降りた。楽しい食卓の面影はどこにもない。
「・・・・・・オリヴィアもしばらくは療養しなきゃなんねえし、せっかくまた三人で仕事ができると思ったのに、結局オレ一人になるじゃねえか」
 そうぼやいて見せると、オリヴィアが、
「別にできるでしょ。この半年一人でやってたんだろ?」
 台詞そのものは突き放すようだったが、同情するような優しい口調でそう言う。キーネスは気まずいのか視線を逸らしたままだ。ゼノは天井を仰いでからため息をつくと、
「そうは言ってもなあ。一人は寂しいんだぜ? 退治屋トリオ復活だと思ったら一人のまま変わらないなんてオレ寂しくて死んじゃう」
「なにウサギみたいなこと言ってんだよ・・・・・・」