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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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「一匹だけだったみたいだね。ま、いざとなったらあたしが何とかするよ。この分だと大丈夫そうだけど。フロンダリアの退治屋はミガーでも特に優秀な魔術師が勢揃いしてるからね」
 オリヴィアの言う通り、窓から街の端の方へと視線を向けると、炎や水が空を踊り、魔物を撃ち落としているのが見て取れる。ミガー人が使う“魔術”というものは、いつ見ても不思議で不気味で、そんなものを当たり前に使う魔術師達が恐ろしくもあって、けれど少しだけ――
 その時、二度、扉をノックする音が響いた。控えめな音で危うく聞き逃す音だったが、どうやら誰かが訪ねてきたらしい。外の物音からして魔物退治はまだ終わっていないようだからゼノやキーネスではなさそうだし、アルベルト達か兵士の誰かだろうか。シリルは立ち上がると、
「わたしが出ますね」
 と言って、扉の方へ向かった。
 樫の木で出来た扉は大きくて重い。扉にもノブにも精緻な飾りが掘られているが、実用性でいうとそれほどかもしれない。シリルはノブを回し、扉の重みを感じながらゆっくりと扉を開いた。
「どなたですか?」
 細く開いた扉の隙間から廊下を覗くと、果たしてそこには誰もいなかった。あれ、と思って更に開くと、扉の影からローブの裾がちらりと覗く。単に見えなかっただけらしい。さっきより開いた扉の隙間から再び廊下を見ると、そこには、黒い服を着た人物が立っていた。
 奇妙なことに、覆面で顔を隠した人物が。
 そいつは突如廊下側のノブを掴むと、扉を力任せに押し開けた。開く扉の勢いに押され、シリルは軽く吹っ飛んで柔らかい絨毯に尻餅をつく。突然のことに混乱していると、黒服は部屋に侵入して重い扉を乱暴に締めた。
 次の瞬間、黒服は獲物を見つけた獣さながらに素早く床を蹴って矢の如く飛び出した。右手に握られているのは黒く塗られた大ぶりのナイフ。それがなんなく届く距離まで迫ってきた瞬間、覆面の隙間から覗く虚ろな瞳と目が合った。
 ――耳元で、バチバチと火花が爆ぜるような音がした。
 気付いた時には、黒服の侵入者が青い絨毯の上をもんどりうって転がっていくところだった。黒服の身体を取り巻いているのは幾筋もの雷。標的を拘束するように体表を駆け巡り、火花をはじけさせている。
「シリル! 逃げな!」
 振り返ると、ソファの脇に立ち武器を構えたオリヴィアが黒服を睨みつけていた。彼女が持つ身の丈より長い棒状の武器・棍は魔術の雷によって帯電している。後遺症で素早い身のこなしなどできないはずなのに、いつの間に武器を取ったのだろう。
 いいや、それより今は逃げなければ――。オリヴィアの指示に従おうと、シリルはとっさに目の前の扉へと走った。扉の向こうに黒服の仲間が控えているんじゃないかとか、そんなことを考える余裕もなかった。
 しかし結局のところ、そんなことを考えていても考えていなくても一緒だった。ドアノブを引いても扉はびくともせず、どんなに力を込めても開かなかったのだ。
 勢い余って尻餅をついたシリルは、呆然と開かない扉を見た。鍵だ。鍵がかかっている。どうして? ついさっき、あの黒服が入ってきたばかりなのに!
 けれど、出られないものはどうしようもない。外へ出られないなら寝室へ立てこもるしかないかと、そちらの方へ足を向ける。しかし数歩も行かないうちに寝室へ続く扉が開かれて、何人もの黒服の男がなだれ込んできた。つんのめるように立ち止まり、シリルは呆然と黒服男達を見る。どうしよう、どこに逃げればいい?
 部屋に侵入した黒服めがけ、オリヴィアの雷が振り下ろされる。心臓に響く大きな音。雷の雨を受けて黒服達のうちの何人かが倒れる。しかしそれに耐えた一人が、数歩で部屋を駆け抜けてオリヴィアに迫った。
「オリヴィアさん!」
 シリルはほとんど悲鳴のような声で彼女の名を呼んだが、当の本人はいたって冷静だった。両手で握った棍を、無駄のない動作で前方に突き出す。雷を纏った棍の先端は正確に黒服の胸部を捕え、雷の迸りと共に後ろへ吹き飛ばした。
「なんだよこいつら。この館の警備は一体どうなってるんだよ!」
 悪態をつきながらオリヴィアは黒服達に向けて駄目押しとばかり雷をお見舞いした。魔術の雷に敵の衣服がすっかり焦げてぷすぷすと煙が上がる。黒服達は相当なダメージだったのか床に這いつくばったまま動かない。特に棍で胸を突かれた奴は、焼け焦げで衣服に大穴が開くほどの雷撃を喰らい、指先一つ動かせないようだった。
 しかし勝利者たるオリヴィアの方も、まるで全力疾走をした後のように息を切らし、額には脂汗が滲ませている。やはり無理をしているのだ。
(わたしだけ逃げても駄目だ・・・・・・!)
 オリヴィアは強い魔術師だ。でも全く本調子ではない。敵は倒したが、こいつらがまた起き上ったら? 新たな敵が来たら? 今度は負けてしまうかもしれない。
 逃げるなら、自分だけ逃げても駄目だ。オリヴィアも連れて行かなければ。それとも助けを呼ぶ方が良い? でも、鍵がかかっているから外へ出られないし、これだけ大きな音がしたのに誰もくる気配がないということは、みんな魔物退治で忙しいのかもしれない。なら、協力して二人でここから逃げる方が――
 息を切らしたオリヴィアは、眩暈がするのか棍を杖代わりにして寄り掛かっている。視線は黒服達から外さないが、立っているだけでも辛そうだ。やはり、オリヴィアを連れて逃げるべきだ。彼女なら魔術で扉を破れるだろう。そう決断したシリルが、彼女の方へ一歩踏み出そうとした時だった。
 オリヴィアの背後に、黒い影が迫った。
「オリヴィアさん、後ろ!」
 悲鳴のようなシリルの警告。はっとして振り返るオリヴィア。再び雷が奔り、術者を守るように蜘蛛の巣の如き網を創り出す。だがその雷は弱々しく、黒服の接近を阻むことはできなかった。そして、
 黒い閃光がオリヴィアを捕えた。



 フロンダリアはルゼリ砂漠西に位置する谷の中に存在する街である。
 魔術工学――魔術を物体に定着させ、様々な機能を持たせる技術――が発達しているこの街では、実に多彩な魔動具が創られている。
 例えば、谷上層部の井戸に水を供給する水道管。これには谷底の川から水を汲み上げるための魔法陣が刻まれている。汲み上げる量は一定に維持され、急激に使用量が変化しなければ溢れることも枯れることもない。時折専門の魔術師が整備してやる必要はあるが、詠唱も魔力もいらず、魔術を使えない者もその恩恵を得ることが出来る。
 これを可能にしているのが霊晶石と呼ばれる鉱石の存在である。
 霊晶石とは特定の鉱石を指す名称ではなく、魔力と精霊を多量に含む鉱石の総称である。「内包される精霊の力が他の鉱石より強く、人間の意志エネルギーである魔力を封入することが出来る」がその定義だ。岩石、金属、宝石等、形状は多岐に渡り、内包する精霊の属性も地の精霊をベースにしつつ鉱石の種類によって異なる。