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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅳ

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「アスクレピア神殿のことですわよ。貴方達を殺そうとしたのに、エゼールで助けてくれたこと。ちゃんと覚えてますわ。それの礼をしないといけないと思っただけです」
「ああそのことか。別に気にしなくていいのに。あれはダチュラのせいだから仕方のないことだし」
「いいえわたくしは気にします。借りを作ったままは嫌ですもの。だから・・・・・・貴方もわざわざ礼を言うことないんですのよ。これは親切心じゃなくて借りを返しただけなんですから」
 憮然として反論するティリー。しかし、大切なことを嫌な顔せず教えてくれたのは事実で、そのことにアルベルトは少しだけ安堵した。神殿で見た、彼女の悪魔祓い師への憎しみを考えたら、もっと拒絶するような態度を取られてもおかしくないのだから。
「あと、その、神殿でのわたくしのあれは本当に忘れてくださいね。あれは――」
 ティリーがさらに何か言いつのろうとした時だった。
 突然、大きな爆発音がフロンダリアの谷間に轟いた。衝撃で窓がびりびりと震える。
「何だ!?」
 部屋を飛び出して道の端から谷底を見下ろすと、下方から黒い煙が立ち上ってきているのが分かった。発生源は反対側の壁面に作られた石室の入口。それもただの部屋ではない。壁面を削り出して作られた見事な文様が飾る、フロンダリアでも最も特別な場所。
「あれは!?」
 手摺りから身を乗り出して、ティリーは谷底を覗き込んだ。
「テウタロス様の神殿じゃありませんの! 誰だか知りませんけど、なんてことしてくれてるんですの!? あんなことしたら――」
 その台詞を遮るように、二度三度と爆発音が続く。神殿から炎と、大量の煙が吐き出された。
 はっとしてアルベルトは空を見上げた。そこにあるのは、谷に細長く切り取られた砂のけぶる空。その手前に張られた、フロンダリアを守る透明な結界。空をはい回る悪魔や魔物の侵入を阻む不可視の障壁。それが、弱々しく明滅している。
「テウタロス様の結界がぶっ壊れてしまいますわ!」
 驚きと苛立ちを滲ませながら、ティリーはそう叫んだ。



 神殿へと続く坂道を下りながら、ティリーは空を見上げた。フロンダリアにある結界。残念ながらティリーの眼ではその姿を捕えることは出来ないが、存在自体は何となく感じ取れる。だが神殿が破壊された今、結界の気配は酷く不安定で、何かのきっかけがあればすぐにでも消えてしまいそうだった。
 黒煙を上げる神殿に近付くにつれ、鼻を突くような臭いが漂ってくる。あの不快な火薬の臭いだ。上手く使えば道具として便利だし、魔術師でない人にも扱うことができるというメリットがあるのは理解しているが、ティリーは今一つあの火薬という代物が嫌いだった。臭いがするし、魔術と違って細かいコントロールが効かないから危険が大きい。火力の調節をするには火薬の量をいちいち変えねばならないと聞くし、魔術の方が面倒がなくてよいのにと思う。実際、魔術師に頼んだ方が速いと、火薬を使う者はほとんどいないのだけど。
「ところでティリー。神殿には、なにか結界の要になるようなものがあるのか?」
 前を行くアルベルトが不意にそう訊ねてきた。何かと質問が多い人だ。ミガーのことをロクに知らないのだから当たり前だが、ミガー人なら子供でも知っていることである。
 ・・・・・・まあでも、積極的に知り、理解しようとする姿勢は評価してやらないでもない。傲慢で人の話を聞かないマラーク教徒、ひいては悪魔祓い師の中では、非常にまっとうな奴だとは思っている。アスクレピアで助けられた借りは返したし、このことまで説明するかは悩むところだが――
「あー・・・・・・高いエネルギーを固定するためには触媒が必要なんですわ。形のないものを操る時、物質を介する方が安定するし扱いやすいんですの。悪魔祓い師の術を使う時も同じなんじゃありませんの? その剣、ただの剣ではないでしょう?」
 結局そう答えて、ティリーはアルベルトの腰の剣に視線を送った。
 魔術とは精霊という無形のものを炎や水といった有形のものに変えて操る技術だ。ところが精霊はそのままでは容易に拡散してしまうため、コントロールが非常に難しい。そこで物質に魔法陣を刻み、それを触媒として精霊を集めて固定することで、魔術が行使しやすくなるのだ。ティリーが見てきた限り、悪魔祓い師の術も似たようなもので、アルベルトの場合は剣に補助となる聖印か何かを刻んでいるのだろう。ただ悪魔祓い師であることを宣伝しているようなものなので、布を巻いて隠しているようだが。
「それと同じで、神殿には精霊神の依り代となるものが安置してあって、それを触媒に結界を張っているってわけですわ。それがなくなったらどうなるかなんて、言うまでもありませんわね」
 神殿の爆破犯への苛立ちを乗せながら、ティリーは話をそう締めくくった。まったく、神殿を壊すなんてどうかしてる。悪魔や魔物の侵入を許してしまうし、日頃恩恵を与えてくれる相手にこの仕打ちとは罰当たりにもほどがある。
 ティリーとアルベルトが谷の底に着いた時、テウタロスの神殿の前には大きな人だかりができていた。
 いまだ黒煙を上げる神殿に、複数の魔術師達が水の魔術を掛けている。入口は半ば崩れ、見事な彫刻は無残な姿になっていた。中にまだ人がいるのだろうが、救出作業は難航しているようだ。最も、この分では生きているかどうかも怪しいが・・・・・・
「一体誰がこんなことを」
 消火作業をする魔術師達の近くでは、爆発の影響で負傷した人達が寝かされ、応急手当てを受けている。爆発で吹っ飛んだ瓦礫にぶつかったのか、負傷して血塗れになっている者。火傷を負っている者。軽傷の者もいるが、重傷者は応急手当てが済み次第、担架に乗せられて病院へ運ばれていった。
「かなり大きな爆発だったみたいですわね。通りで大きな音がしたわけですわ。ほんっと誰なんですの。こんなことをした馬鹿は!?」
 心底腹が立ったが、犯人が分からないのでこの怒りをぶつけるところがない。いらいらしながら足元の石を蹴っ飛ばした時、背後から不意に聞き知った声がした。
「麻薬の密売人――悪魔教徒の仕業じゃないでしょうね」
 びっくりして振り返ると、いつの間に来ていたのか、そこには腕を組んだリゼが立っていた。彼女は険しい表情で煙を吐き出し続ける神殿を見つめている。
「リゼ! 博士との話は終わったのか?」
「大体は。大きな音がしたから来てみれば、こんなことになってたのね」
 アルベルトの質問に、リゼは神殿から視線を外さずに答える。それから、先程の台詞の続きを話した。
「爆弾はあいつらの十八番でしょう。それに、神殿をぶっ壊すなんてこと、普通の人に何のメリットがあるの」
 精霊神テウタロスの結界によってフロンダリアが守られている。結界の消滅は悪魔の侵入に対して全く無防備になってしまうことを意味する。悪魔を祓う手段を持たないミガー人は、悪魔が近寄らないようにすることが最善の防御策だからだ。結界を壊すなど自殺行為に等しい。
「悪魔教徒なら、悪魔が活動しやすい空間を作るために結界を破壊したっておかしくない、か。ひょっとしてルルイリエも――」