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16Ａ・Ｂ・Ｓ 5/10

　今のニッポンはクルマ社会。どこへ行くにもクルマ、ちょっとそこまでクルマである。とある田舎の〇〇県土稲可町、電車もバスもないこの町ではクルマが主要な交通手段、もちろん一人一台。この町に住む自称ちょっとハイソなマダムの昌美は隣の町まで買い出しに出掛け、愛車の軽四を転がしていた。
　延々と続く直線の、右には畑で左に田んぼ、遠い向こうで牛の声。クルマは快調に進む。前にも横にも後ろにも、クルマの影などありゃしない。おまけに町には信号がない。そんな調子だから日々の運転に困難な局面など滅多になかった。

　持っているのは普通免許(もちろんオートマ限定)、クルマはダンナが点検してくれるので運転はできるけどクルマの構造なんてほとんど知らない。強いて言えば

　　　走る　止まる　曲がる

くらいだ。交通頻繁な町に出る時はダンナか息子に運転任せたらいいからなんて考えて、テープから流れる演歌に得意の美声を高らかに上げながら愛車の軽四を転がしていると、それは起こってしまった。

　　　ドンッ！

「あっちゃあ……」
　目の前にいたのは信号待ちのクルマ。気がついた時は既に遅し、力一杯ブレーキを踏み込んだが間に合わず、前のクルマにドッキング。
　マダムは急いで110番、相手の無事を確認し、クルマを道路脇に寄せて待っていると直線の向こうからパトカーの赤いライトが近づいて来るのが見えた。
「大丈夫ですか？」
　と運転手に問い掛ける駐在さん。
「ちょっと聞いてよ、駐在さん」
「はい、何でしょう？」
「私のクルマが故障してたのですよ」
事故を起こしたのにクルマのせいにするマダム。
「故障、ですか？」
手を止めずにサラサラとメモを続ける駐在さん。と言いながらクルマの衝突箇所をチェックしている。
「はい、私があそこで『危ない』と思って急ブレーキを踏んだら、クルマがいきなりカクンカクンと言い出したんですのよ……」
　それを聞いてマダムのクルマをチェックしている駐在さんの手が止まった。

「運転手さんね、それなかったらあなた危なかったですよ、たぶん」