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ドリケリー
ドリケリー
novelistID. 49860
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ろじゃく

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ある街に、ある男がいた。肉体的、精神的に弱いが、一端風の自尊心だけがある、情けない男であった。格好の良い存在でありたいと、いつでも願っているのである。
 この男が情けないというのは、朝起きた布団の上で、誰かが自分に魔法をかけて突然そうなりはしないか、と願ってしまっているところである。自分の欲求が、努力なしで叶えられることを願って已まないのである。
 男は名を「みちさし」といった。路尺と書いて、みちさしと読むこの名は、道の長さと同じぐらいどこまでも計り知れない男になれ、と両親に付け与えられた名であり、男は幼い頃からこの意味合いをいたく気に入っていた。
 しかし、勝負事をするような年齢になってからは、許しが出るならば今すぐにでもこの名前を改変したいと考えるようになっている。
 というのは、この路尺、あまりにも勝負事に負けることが多く、それ故に付いた渾名が「ろじゃく」と、そう呼ばれるようになったのが理由である。
 路尺を音読みでろじゃく、「ろ」は露、「じゃく」は弱い。つまりあからさまによわいという意味合いである。
 かけっこをしても、組み手をしても、盤上の遊びをしても、「勝負」をするとなれば、格上には勿論、格下の相手のときには何故か必ず何かしらの不運にみまわれ、負けてしまうのである。
 ろじゃくと呼ばれる事が嫌いな路尺であるが、ならば勝負事を止めればもう呼ばれずに済むと、四方八方から言われるのも当然であるものの、これに対し、ある朝突然強くて格好良い男になっていることを信じて已まないこの男は、全くそれらに耳を貸さなかった。これを見て因業な男だと嘲る者もよくいる。
 というのも路尺には、耳を貸さなくてもいいある自信があった。
 いつか必ず勝つときが来て、自分をろじゃくと呼んだ人間を見返す日が来るのだという自信が。
 この自信は、路尺にとって唯一この街に住む誰に対しても大きな勝ちを得たものとして、本人がそう認識している事に起因している。
 負けても負けても強気な姿勢を崩さないろじゃくを見て、人々はみな笑うのであったが、この自信を以って路尺は平気なのであった。
 路尺が、自分が住むこの街の誰に対しても勝っているという話であるが、具体的には路尺の、従事する仕事への誇りがそうなのである。
 路尺の仕事とは、街の警備である。警備とは勿論、街のいたるところを歩き回り、事件がないかどうか警邏し、治安維持に努めることである。
 警備を仕事にするには、難関と名高い試験を突破し、資格を得る必要がある。路尺がこの仕事に誇りを持っているのは、この街で唯一人、この試験に合格した為である。
 試験とは即ち勝負である。この街で難関を突破した人間は、自分だけだ。自分以外で受けた者はみな一様に不合格を言い渡されている。であるから、合格した自分は、街の中で一等になった。なみいる強豪たちとの勝負に勝ったのだ、と路尺は考えている。
 そして、路尺がこの仕事を誇る理由のもう一つに、その治安維持率の高さがあった。
 この街の犯罪の防止は、その任に就いている路尺が行っているのであるが、路尺のいる現場に、犯罪は一度も成立しなかった。
 これが路尺における絶対的自信の内訳であるのだが、路尺は正義を生業とする人間としてはあまりに貧弱な身体つきをしていた。
 だから、正義を生業にしてから三年――路尺が防いだ犯罪件数はおよそ三桁にも上るが、唯の一つとして悪党を懲らしめた例がなかった。悪党に接しては暴力を振るわれ、通常の暮らしではつくり得ない凹凸を腕や顔に拵え、何とか裏をかこうとし虚をつこうとし、必死さを態度で示し、畢竟、今の今まで治安を維持してきたのである。
 路尺はまた、治安を維持してきたことについては、勝負とは度外視した価値を見出しており、代わりに悪党を懲らしめたか否かを、勝敗の如何として考えていた。計百回ほども悪党に負けながら、街を守ってきたのである。
 何故こうも驚異的な治安維持率を誇るのかは、路尺にもわからないが、できてしまっている以上、仕事はこなす事さえできればそれで良いと考える当の本人は、肉体の鍛錬や努力の必要性を感じていなかった。強気に、まあ、そのうち勝てるだろうよ、と考えている。
 したがって、路尺のことを一言でまとめると、勝つことはできないが正義、なのである。
 そんな路尺が自信をなくす出来事が起こった。
 数にして百一回目の悪党との対峙。路尺にとっては日常の仕事となんら変わりないものだった。
作品名:ろじゃく 作家名:ドリケリー