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Be smile ――ある平和主義者の記録――

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 彼は1ヶ月ごとに国を変え、激戦区や被災地でのゲリラパフォーマンスを開いた。最初は再びパキスタン、次にインド。更にイラク、アフガニスタン、リベリア、スーダン、南アフリカ、日本、フィリピン、ルイジアナ州――
 そして年末の2ヶ月間は自宅に帰り、夫婦で過ごした。
「彼を誇りに思っています」妻は言った。「ライリーは24時間、平和と愛について考えてるの。MJやジョン・レノンのように。離れている間は勿論心配になるけど、彼が帰ってきている間、私達に笑顔が絶える事は無かった」
 一度だけ、北朝鮮でもパフォーマンスを試みた。軍事活動を阻害されるという理由で聞く耳を持たれない状態が続いていたが、米朝の敵対関係緩和と国民の幸せを築くという目的を押し通し、ついに総書記まで声が届いた結果だった。
 そんな活動が4年ほど続くと、ライリーに影響され、彼のように戦場へ赴いてパフォーマンスを行う者が出てきた。それは世界中で30ヶ国、2万8千人にまで広がった。人々は彼らの事を“ライラー”と呼んだ。

 ライリーが戦場パフォーマンスの旅を始めて7年後、レバノンでの事だった。
 彼が現地人を集めてパントマイムをしている最中、3機の戦闘機が襲撃してきた。街を戦場にする為、避難勧告に背く民間人を強制排除するという目的だった。
 ミサイルが投下され、街は破壊されてゆく。建物内に残ったガスに引火し、一発のミサイルで5回程の爆発が起こった。
 人々は逃げ惑い、ライリーも避難を試みた。その時、しゃがみこんで泣いている子供を見つけた。性別はどちらか分からなかった。
「おいで」手を差し伸べる。子供は混乱し、手を伸ばそうとしない。
 最初のパントマイムを思い出した。ライリーは掌を子供に向け、壁を作った。助走を付けて破ろうとするが、顔が貼り付く。繰り返す内に、子供は笑った。その表情で、男だと分かった。
 ライリーは少年を抱き上げ、走った。瓦礫の欠片が飛び散り、義足の塗装が剥げてゆく。3発目のミサイルが投下され、破壊された建物が、彼の上へ降ってきた。
 ライリーは避けきれず、生身の左足が挟まった。
 男が一人駆け寄り、彼を助け出そうとした。
「この子を」ライリーは少年を彼に渡した。「自分でなんとか抜け出すから、早く逃げろ」
 ガスによる爆発が続いていた。男は戸惑ったが、ライリーは彼の手を握った。「逃げろ」と言った後、彼は少年に向けてこう続けた。

 Be smile together.If you can get the peace sometime.
(共に笑うんだ。そうすれば、いつか必ず平和が来る)

 ありがちな気休めのような言葉だが、ライリー自身の行動と経験を伴う事で、そこに確かな意味が生まれた。信じた事を諦めなければ、他者が捻じ曲げて不正解にしていた事を正解に返す事も出来る。
 だから信じて笑うんだ。彼が言わんとするのはそういう事だった。
 男は少年を抱いて先に避難した。ライリーは瓦礫から足を抜こうとするが、全くもって動く気配が無い。

 直後に、4発目のミサイルが落とされた。

 アーミー・ピエロことライリー・バトラーの死は、アメリカをはじめとした各国に大きな悲しみを与えた。もっと早く彼の行動を評価すべきだったとする者もいれば、彼の死を信じない者もいた。
 ミサイルを投下したイスラエル兵に対して怒りを持ったアメリカ国民は復讐を望んだ。しかしライリーの妻が、もしものときにとライリーが書いた遺書を公開すると、人々はそれが間違いなのではないかと自らの心を疑った。
 5歳になる息子の手を引きながら、彼女が読み上げた遺書には、こう書かれていた。

 今となっては僕を愛してくれているあなた達に言おう。
 僕のしている行動は自殺行為であり、とても危険だ。絶対に真似をするなと言える権利は無いが、軽い気持ちでは出来ない。
 僕はいつか攻撃を受けて命を落とす事があるかも知れない。しかしその時、悪いのは僕を殺した兵士ではない。僕が行く先の人々は、大抵僕の事を知らない。民間人や旅行者と同じだ。ましてや戦闘機に乗った隊員から、僕の頭が見える筈もない。
 アメリカは、戦争によって成長を遂げてきた。僕の行動が多少なりとも今の社会に影響を与えられたとしても、そのスタンスは容易には変わらないだろう。
 そんな時は思い出して欲しい。僕が戦地で死んだ時、殺したのは兵士ではなく、敵対国でもない。戦争そのものだ。
 恨むのなら、戦争を解決策とする社会のあり方を恨むんだ。
 そうすれば、あなた達にも出来る事を見つけられる筈だ。

 ライリーには国民栄誉賞が与えられた。
 彼の遺志を継ぐライラーの働きかけによって、WCPO――世界コメディ・パフォーマンス機構――が設立された。世界中のパフォーマーによって、多くの命が失われている国でパフォーマンスが行われ、現地の人々へ生きる力を与えた。また各国陸軍の訓練でも、戦地での救出対象となった民間人の緊張緩和に対応したパフォーマンスの講習が取り入れられ、それは兵士の情操教育にも繋がった。爆撃による無駄な死者、特に民間人の犠牲を極力出さない方針へと移行し、大量破壊兵器の使用、生産量は大幅に削減された。
 3000年以上前から、世界で戦争が全く起こっていない時代は無かった。それは人類最大の汚点ともいえるべきものだ。

 しかしライリーの死から20年余り経った現在。
 少しずつだが確実に、世界中の人々が手を取り合い始めている。