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見栄プリン

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『見栄プリン』

 冷蔵庫の中段右奥。そこに姉が隠したプリンがある。
 私はそれを取り出すと、冷蔵庫の扉を閉め、ティースプーンを一つ食器棚の引き出しから取り出すと台所の床に座り込んだ。
 衣服を通して、床の冷たさが染みこんでくる。初めのうちは何とも思わないのに、後になって気になり始めるような、そんな、じわりとした染み入り方だ。私は、それから目を背けるとプリンの容器をじっと観察した。
 硝子の器にプラスチックのふたがシールで止められている。シールに刻まれたロゴは、姉が昔から好きこのんで利用しているケーキ屋の物だ。女子学生ではなく、OLを対象にしたケーキやプリンは、よく売られている既製品とはちがって、有り体に言うならば大人の味がする。ちょっとした背伸びを好む姉は、この店の味わいがたまらなく好きならしい。
けれども、学生には少しだけ値段が厳しい。月に一度だけ、あるいは、お祝い事の時にだけひっそりと。姉はこの店のプリンを買ってくる。誰にも内緒のつもりで、けれども身内の誰もに知られながら。姉は、いつも隠れてこのプリンを食べていた。
 シールを破かないよう、丁寧に爪でひっかきふたを開ける。中からは香ばしい、カラメルソースの匂いがした。
 姉には内緒だったが、私はこのカラメルソースの匂いがたまらなく好きだ。苦みの中に、少しだけ甘みの混じるやさしさが、どうしようもなく私の琴線をふるわせるのだ。
 用意していたティースプーンをプリンに差し込む。するりとした感触を残して、ひとすくい。そのまま口に運び、味をかみしめる。途端、口の中に広がったのは舌の上に乗ったプリンの甘さ。カスタードの柔らかな味わいの後、バニラビーンズの風味がそれら全体を柔らかく包み込んだ。舌で押しつぶすようにすると、今度はカラメルソースの味が舌に広がった。苦くも甘く、香り高い風味が口腔を満たす。
 けれども、その日に限って、カラメルソースの苦みがとても強く感じられた。かすめとった罪悪感からか、それはすとんと体に染み入ると、悪い風邪のように体の節々に寒気と痛みを与える。幸せの味が、心を千々に乱す。訳もなく、涙が溢れそうな感覚が込みあげるのをぐっと堪えて、私はスプーンを動かし、プリンを口へ運び続けた。
 最後の一口を食べ終えると、私は膝に瞳を押しつけるようにして泣いた。口元が幸福にゆがんでいるのが分かる。涙は寝間着に吸い取られ、零れることはなかった。それが、私の取り得る最後の強がりだった。
作品名:見栄プリン 作家名:こゆるり