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夢と少女と旅日記 第5話-5

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 恋人が殺された。夢魔に? 私はその言葉の意味を理解するために一考せねばなりませんでした。夢魔の目的は、決して人間を傷付けることではないからです。ロレッタさんのようなケースもありましたが、“殺された”と断言するのならば、もっと別の何かだろうと思いました。
「わたくしの恋人は――」
 ローラさんは語り始めました。
「初めは、わたくしの魔術ショーのアシスタントをしてくださっていましたの。それがきっかけで、いろいろお話が合いまして、お付き合いをすることになりましたの。
 だけど、そんな幸せも僅か1ヶ月程で終わりましたわ。彼が借金の連帯保証人になっていた友達が突然失踪して、借金を背負うことになりましたの。
 借金の額自体は、わたくしと彼で働いていけば返せないほどの額ではありませんでしたけれど、友人に裏切られたことがショックだったようで寝込んでしまいましたの。
 そして、そこを夢魔に付け込まれ、夢の世界へと閉じ込められてしまいましたの。それが今から2週間程前の話ですわ」
 ローラさんは俯き、悲しそうな顔をしました。そして、話を引き継ぐかのようにルビーさんが語りだしました。
「あたしはその話を聞き付け、ローラと出会ったんだ。『夢の世界で夢魔を倒せば目を覚ますかもしれない』と言ったら、ローラは喜んで戦おうとしてくれた。だけど、そのときにはもう手遅れだったんだ」
 一体何が手遅れだったのか……、そんなことを考えたって答えが出ないことは明白だったので、私は黙って話の続きを待ちました。
「彼は夢の中で友人を殺し、自殺していましたの。もちろんそれは現実の話ではありませんし、絶対にあり得ないことだったと思っていますわ」
「だが、おそらく夢魔によって、ローラの恋人の中の殺意が増幅されたんだ。殺意自体は、誰にだってある感情だが、普通は制御できるものだろ?
 夢魔はその制御の枷を外しやがったんだ。ローラの恋人の望みが友人に対する復讐であろうと勝手に解釈してな」
「でも、それはやっぱり彼の望みではなかったと思いますわ。だから、彼は夢の中で友人を殺したあとに、自分のしたことにショックを受けて自殺を――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
 エメラルドさんがローラさんの語りを遮り叫びました。
「夢の世界で起きたことについては分かりました。確定的とは言えないと思いますが、私もあなたたちの言ってることが間違いだとは思えません。
 でも、それは結局、夢の話ですよね? なのに、どうして彼の死へと繋がったんですか?」
 そのエメラルドさんの疑問は尤もだと思いましたが、私はその疑問に対して答えられると思いました。
「それはおそらく、夢の世界があまりにもリアル過ぎたからではないでしょうか? つまりはそういうことですよね、ローラさん?」
「ふふっ、本当に頭の回転が速いのね。そう、夢の中で、あまりにもリアルなことが起こると、脳がそれを現実での出来事として錯覚してしまうことがあるのよね。
 つまり、夢の中で、自らの死を体験したときに、それがあまりにもリアルだと、本当に死んでしまうことがあるということ」
「この現象のことをノーシーボ現象と呼びます」
 ノーシーボ現象とは、プラシーボ効果の逆で、要するに脳の誤作動のことです。
 とある実験で、死刑囚に“血液を少しずつ抜き取っていく”と言って、ただただ水滴の音を聞かせていくというものがあったそうです。
 そして、その結果、“全血液を抜き取った”と告げたときには、実際にその死刑囚が死亡していたそうです。
 つまり実際には一切血液を抜き取っていなかったのに、脳が自らの死を認識してしまったことによって、死亡してしまったのです。
 もちろん死亡した人間がどんな夢を見ていたのかを証明する手段は普通はありませんから、自分が死ぬ夢で本当に死亡してしまうことがあるとははっきりとは言えません。ただ、死ぬ夢によって身体機能の低下が確認された事例はあるそうです。
 また、よくある誤解ですが、ノーシーボ現象とブレインロック現象とは別物です。ブレインロック現象は、普段なら当たり前にできることが急に出来なくなってしまう現象のことです。書き慣れたはずのスペルを書き間違えるだとか。
 ――閑話休題。
「繰り返しますが、現実世界での彼なら友人を殺すこともなかったし、自殺をすることもなかったと思っていますわ。わたくしとふたりで手を取り合っていけば、心の傷もきっと癒せたはずですわ。
 なのに、夢魔はその機会を永遠に奪ってしまいましたの。そして、おそらく夢魔は自分のせいで人が死んだとは思ってないでしょうね。
 夢魔は何が何やら分からないまま、きっと同じことをまた繰り返しますわ。ですから、わたくしはそれを止めなくてはなりませんの。
 殺された彼の仇を取りたいというのももちろんですけれど、これ以上犠牲を増やしてはいけないというのも確かですわ」
「ええ、その通りです。私たちも夢魔のせいで死んでしまった人を見たので分かります。
 もちろん全てを夢魔のせいにするのも良くないかもしれませんけど、夢魔が全ての希望を奪い去ってしまったのは事実です」
「そちらはそちらでいろいろあったようですわね。いえ、深く話していただかなくても、これだけ理解が早いのなら問題ありませんわ。お互いこれで信頼関係が築けたのではないかしら」
「はい。では、話を次の段階へと進めましょう。私たちで同盟を組むとして、どうやってナイトメアを倒すのかという話へと――」
「あ、すみません。そのことについても、ちょっと気になることがあるのですが……」とおずおずと言ったのは、やはりエメラルドさんでした。