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いつものパン屋さん

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1.

 スーパーに入っている、最近出来たパン屋がおいしいと、評判を呼んでいるが、彼女は、行きつけのパン屋さんが一番おいしいと思っている。
 老舗、というほど、長い間そこあったわけではないが、少なくとも、小学生の時、五十円玉を握りしめてパンを買いに来た。グローブ型のクリームパンが大好きだった。
 
 最近、あんぱんがバージョンアップしたらしいと、噂を聞きつけて、パン屋の扉を引いた。
 結婚してから、生粋のお米党を自負してやまない夫のおかげで、パンはおやつ程度にしか買わなくなったのが少し残念ではある。
 客が大挙して押し寄せることはないが、途切れることはないパン屋である。
 その日も、一人、先客がいた。
「あら。新しい人、入ったのね?」
 先に、レジに向かっていた女性が、パン屋のご主人に声をかけた。
 焼きたてパンを品出しにきた青年が、笑みを浮かべて会釈した。
「そうなんです。俺の後輩なんですけどね。うまいパンを焼くんで、食べてやってください」
 バックルームに戻っていく店主の後を見送り、女性が青年を改めてみた。
「まあ、どこから来たの?」
「自分、福島なんです」
「・・・・・・福島?」
 声のトーンが変わったのは、すぐにわかった。思わず、パンを物色する目を女性に向けた。身なりのいい、言葉もおっとりと、いいところの奥様だと、見た目にわかる。きれいに化粧を施した顔つきは、いかにも柔和そのもの。
「そう。今、福島、大変ね」
「はい。妻と子供たちは山形のほうへ避難してるんですけど、先輩が誘ってくれて、こっちでパンを焼かせてもらってるんです」
「このパンも・・・・・・」自分のトレーに乗っているパンを指していった。『焼きたてほやほや』のタグのあるかごから取ったものだった。
「あなたが焼いたの?」
「そうですよ。このあんぱんも、良かったら、味見してください」
 その言葉を聴いた瞬間、女性が急にそわそわし始めた。
 レジに置きかけたトレーをひったくるように持ち直し、乗っていたパンを全部戻し始めた。
「今日は、やめておくわ。また来るわね」
 にこやかにそう言葉を残して、短いベルの音を余韻に、扉がしまる。「ありがとうございました」を、言う間もない。
 レジに残された青年が視界に入った。
「お願いします」
 彼女が、会計台にパンの乗ったトレーを乗せた。
「あ、今、代わります」
 彼女に視線を合わせて、気まずそうにバックルームに戻ろうとする青年に、彼女は言った。
「急ぐので、お会計してください」
 青年がレジに戻る。手際よく、値段をレジに打ち込んでいく。パンをつかむトングが所在無げに転げていた。
 残り一個のパンの値段を打ち込もうとしたとき、彼女がトングを掴み、あんぱんの山から五つ。トレーに乗せた。驚いたように見ていた青年に、彼女が言った。
「このあんぱんも、あなたが焼いたんですか?」
「あ、・・・・・・はい」
「クリームパンは、焼かないんですか?」
「クリームパンですか?」
「わたし、あんぱんも好きですけど、クリームパンが好きなんです」
「あの、これも、ですか?」
 五つのあんぱんを指して、尋ねた。当たり前のように彼女が頷いた。
「おいくらですか?」
 青年が、慌てて、金額を提示する。がま口から、小銭を出して、パンの袋を受け取った。
「ありがとうございました」
 青年が言うと、彼女は、少し笑って「ありがとう」と返した。
 パン屋の扉を押して、透明な鈴の音が見送る。彼女が店を出ようとした時。
「次は、クリームパンを焼いておきます」
 彼女が振り返り、何も言わず、小さく会釈して、扉が閉まった。


 了
 
作品名:いつものパン屋さん 作家名:紅絹