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みやこたまち
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アバンチュール×フリーマーケット ~帰省からの変奏

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2.乗っていた女



 男、三人がけのシートを独占。横には大きな鞄。男は乗車口の反対側に陣取る。隣の車両にも人影無し。車掌の影も無し。網棚に新聞無し。床に吐遮物無し。中刷り整列よし。とにかくピカピカ。前途洋々たる門出。次の停車駅まで10分。そこも小さな駅。願わくば、何人たりとも乗り込んできませんように。それは大切なこと。俺の未来を断りなく邪魔するやつは、キセル見つかって全区間の3倍の償いを。 男の顔の緊張緩む。暖房で尻が暑い。窓に水滴ぴっしり。靄といっしょに真っ白。車内は閑散として、規則的な振動はもはや振動ですらなく、規則的な車輪の音も、音じゃなく、だから静かに、静かに、未来へ向けて走りつづければよい。それが男の課した電車の使命。勝手に下した命令。電車は、おかまいなしに走る。車掌もあくびしながら指差し確認する。俺には時計はないが、切符はある。充分。未来を目指す手ごろな方法。未来と未知とは同義語だろうか。こう考えることはすでに未来に対してある種の願望を持っているといえるのではないか、などと考えつつ、男こうべを垂れる。朝の電車で、三人がけのシートを独占して、きちんとした身なりの男、推定26歳。こうべを垂れて、未来を夢見ながら、実は過去へと向かっている。

 男、目を覚ます、満員電車の車両の中。乗客全員鞄抱えてる。朝日昇りつめ、通勤ラッシュに巻き込まれたことに気付かないまま、男三人掛けのシートを独占。吊り革に掴まる会社員達、無言の非難。男ちらりと見て座りなおす。途端にぎっちりの三人掛け。「馬鹿野郎」「何考えてやがる」「こちとら働いてんだ」三人掛けシートに四人座ってきゅうきゅうのシート。誰も立とうとしない。男の意地、人間としての尊厳、非当事者の理論。座った吊り革の三人の前に新たな吊り革の会社員のねたみ、中傷の視線。「俺だって、金払ってんだ」「通勤定期だぜ」「今日に限って得体の知れない奴が、一人紛れ込んでやがる」「こいつ誰だ」「あんた知ってるか」「それより、立っている奴の苦労を分かろうとしねえのかこいつ」「痛て、足踏みやがったな」「馬鹿野郎。新聞広げるんじゃねえ」「六ツ折で読めねえようなとうしろが、この電車に乗ってくんじゃねぇよ」新しい吊り革、社員若い。若い分不遜。口が達者。電車の満員の乗客を傾けながら停車。降りる人、乗る人、骨折る人、捻挫する人、ホームで殴りあい、レールに転落、色々な人、色々な事、平凡な朝の風物詩。

 男の膝に事務職らしい人、へたりこむ。若い女。男、幸運に顔がほころぶ。「あの申し訳ありません」「いやいいんですよ。よろしければ鞄を押さえていてあげましょう」先程まで「旅立ちを日常に冒涜された」と憤っていた男一変して笑顔になる。すこし中年のいやらしさ。男、首を振り表情をなおす。「大丈夫ですか」「ええ。この電車が混むのは分かっていたんですけれど」「時差出勤の賜物ですね」「いえ、私は今日……」男、とっさに人差し指を唇に。「だめです。あなた仕事に行くんです。大変ですね」女、はたと思い当たったというそぶりも見せず、くじ引きでシフトが変わってしまってつらいわ、というようなことを朗らかにいってのける。なかなかのやりて。
 周りの乗客じろじろと見る。男には分からない微妙な体勢になっているのか、女の容姿が目を惹いているのか。「好奇の目に晒される事には慣れていますから」と女。男も涼しい顔で相槌。ただ、膝の上でごそごそ動かれると、体の一部が熱くなり、そのうち女を突き上げてしまう。時間との戦い。下心の騙し合い。自己顕示欲のプライド。ナルシストの鏡。そっとささやく。「どちらまで?」

 偶然にも、男と女の未来が重なる。結婚の予感。さあ、人ごみをかき分け、車内検札の狂気が襲って来る前に、電車を降りなければならない。作戦を立てる。あらゆる角度から分析する。男と女。予期せぬ共犯者、通勤快速電車にたまたま乗り合せたエトランゼ。男は自分の未来にもう一人分の余裕があることを祈り、女は産まれて始めてのアパンチュールの予感に胸を震わせ、共に手と手を取り合い人かき分けて、ホームへ降り立つ午前7時。
 「車掌に連絡しろ」「こんなところで降りやがって」「仕事もしてないくせに、俺たちの空間を不当に占拠しやがった」などという声を無限の彼方に運び去る電車。行く先は未知の国。男にとっても、女にとっても、うかがいしれない秘境の地。「それは、未来じゃないわ。黄泉の国。きっとそうよ」電車は二人の言葉とは無関係に決められたレールを走る。ただ走る。人間をごっそり詰め込んで、何が起ころうとも仕事を遂行するだけ。