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愛を抱いて 31

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62. 復讐


 詳しく状況が把握できないまま、私は愛を失くしかけていた。
ずっと眼覚めは悪かった。
翌12月11日、金曜の朝もそうであった。
私は布団の上に半身を起こし、最悪の気分で煙草を吸っていた。
外は良い天気らしかった。
時計を視ると、間もなく正午になろうとしていた。
重い手足を動かして支度を済ませると、布団は敷いたままにして部屋を出た。
やはり、空は快晴だった。
枯葉に覆われた舗道を歩いて、早稲田通りとの交差点まで来ると、勧銀の前の電話ボックスに入った。
呼出音が途切れると、「もしもし…。」と言う声が聴こえた。
世樹子は部屋にいた。
「あれ? 
いたの…。」
「…ああ、
鉄兵君…。」
「1人?」
「ええ、部屋を片付けてたのよ。」
「今から、そっちへ行ってもいいかい?」
「え…?」
「今、勧銀の前にいるんだよ。」
「鉄兵君、今から学校へ行く処なのでしょう?」
「そうだけど…。」
「駄目よ、ちゃんと行かなきゃ。
午後の授業には出て頂戴…。」
「授業には出るさ。
その前に、ちょっと逢いたいんだ。」
「…。」
世樹子の沈黙に、私の心は今にも挫けそうになった。
私はそれを必死に堪えた。
「逢いたいんだ。
今から。」
私は繰り返した。
「…駄目よ。」
「…駄目ってのは、どういう事なのかな?」
「鉄兵君…、…私達もう、逢わない事にしましょう…。」
全身を何かが駆け巡った。
それは哀しみと言うより、果てしない痛みだった。
私は懸命に口調を整えた。
「どうしたんだい? 
急に…。」
「どうもしないけど…、もう鉄兵君に逢うのは…、止めようと思うの…。」
「どうもしないで、逢いたくなくなったのかい? 
いったい、良ければ理由を、聴かせて欲しい…。」
世樹子はまた黙った。
「香織の事が、やり切れなくなったの…?」
「…ええ、…そうなの。」
(なぜだ…?)
私は心の中で叫んだ。
確かに、香織と同じ部屋に同居している彼女にとって、友を裏切る行為に等しい私との秘密の交際は、毎日を辛くするに違いなかった。
しかし…、
(俺達二人が離れるより、もっと辛い事が、他にあると云うのか…?)
世樹子は以前、「嵐は来るかしら?」と云った。
私は「ああ、多分…。」と答えた。
そして彼女は、「私、嵐なんて平気よ。」と云った。
「香織と、何かあったのかい?」
私は、あの児童公園にいた夜、香織は我々に気づいたのだと、確信した。
「香織の事は、やはり俺に任せてくれよ。
今日か明日にでも、俺から香織に話をするから。」
香織はあの夜、ジャングル・ジムにいた私と世樹子を視たに相違なかった。
私は自分の迂闊さを呪った。
もっと真剣に世樹子を守らなければならなかった事に気づいた。
「とにかく、今から逢ってくれないか?」
「鉄兵君…、…あのね、…違うの。
香織ちゃんの事は、本当は関係ないの。
逢わない事に決めた理由は、…私自信の気持ちなのよ。
私の中で…、もう鉄兵君に逢わないでおこうって、そう決めたの…。」
一瞬、私は彼女が何を云っているのか解らなかったが、すぐに気がついた。
気づくと同時に、胸に何かが込み上げて来た。
最早、立っていられそうにない状態だった。
それでも私は、声を振り絞った。
「それは、どういう意味なんだい…?」
「だから…。」
私は「君の気持ちが、冷めてしまったという意味かい?」と、訊く事ができなかった。
「…だから理由は、私の気持ちって事なのよ。」
私は涙を堪え始めていた。
「世樹子…、お願いだ。
せめて、最後に一度…、君に逢いたい…。」
私はやっとの思いで、そう云った。
「…解ったわ。
…じゃあ、今から、そこへ行くわね。」
私は受話器を置いた。
今にも涙が溢れ出しそうであった。
(こいつは駄目だ…。
彼女はもう無理だな…。)
涙を止めるには、そう考える必要があった。
12月とは思えない程の、風もなく、よく晴れた暖かい日だった。

 私は心を立て直して、世樹子を待った。
電話ボックスを出てから30分近く経った頃、彼女は横断歩道の向こう側に姿を現した。
二人とも、いつもとは違う笑顔を見せ合った。
ブロードウェイを抜けて、サンモール商店街を歩く間、我々はほとんど口を開かなかった。
私はまだ、世樹子の本当の心が読めないでいた。
ただ単純に、フラれたというだけの事の様な気もした。
それならば、早々に別れて立ち去るべきであった。
しかし、私の中には、「彼女は私を好きなまま、別れようとしているのではないか?」という、希望的観測があった。
私は最後になるかも知れない、その二人きりの時間に、全神経を集中させて彼女の心を読み取らねばならなかった。

 中野駅前のビルの地下にある喫茶店で、二人は向かい合って腰を下ろした。
ウェイターがテーブルのそばを離れてから、私は煙草に火を点け、そして云った。
「…でも、突然だったので愕いたよ。
俺みたいな、いい加減でどうしようもない男でも、失恋というのは堪えるから…、不思議と云えば、不思議だ…。」
世樹子は俯き加減に座っていた。
私は彼女の表情のほんの細かな動きも、見逃さないつもりだった。
そして、まるでそれを厭がるかの様に、世樹子は顔を半分隠していた。
「ところで、クリスマスはどうするんだい?」
「私…、パーティーには、出れないと思うわ…。」
「香織に続いて、君も中野ファミリーを抜けるわけだ。」
「ええ…。
実は、もうすぐ引っ越しするのよ。」
「…引っ越しって、…。」
私には愕く事ばかりだった。
「引っ越しって、君だけかい?」
「いいえ、香織ちゃんも。
二人とも、あそこを出るのよ…。」
「また、2人で住むの…?」
「違うの。
今度は別々に住むの。」
私は引っ越し先を訊く事に、気が引けた。
「そう…。
また、えらく急な話だ…。」
「…さっきも、部屋で荷作りの準備をしていたのよ。」
「じゃあ、引っ越すのは今年中?」
「香織ちゃんはね…。
もう新しい部屋も決まってるし、予定通りなら、あさって越したいって云ってたわ。
…私はまだ次の部屋見つからないから、もう少しはあそこに居ると思うけど、…。」
「今まで2人で住んでたから、急に1人になると淋しいんじゃない?」
「…それは大丈夫と思うわよ。
今までだって何度も1人っきりで寝た事あるし、香織ちゃんと鉄兵君が付き合ってた頃なんか特に…。」
「世樹子、君が好きなんだ。
僅かでも良いから、君の時間を俺にくれないか…?」
私は不意に云った。
「君と逢っていたいんだ…。」
「…鉄兵君…。」
世樹子は完全に下を向いてしまった。
それ以上、彼女は何も云わず、黙り込んだ。
私は彼女を見つめていた。
私にとって、哀しい沈黙が流れた。
彼女は顔をあげようとしなかった。
泣いているのかも知れなかった。
私は、もう立ち上がるべきだと考えていた。
それまでの私なら、疾っくに「それじゃあ…。」とでも云って、店を出ているはずだった。
私は、自分がこれ程惨めなシーンを演じている事を、不思議に思った。
しかし、私は立ち上がれなかった。
その理由を、私は既に知っていた。
私は彼女を愛していた。
そして私は、初めて人を愛したに違いなかった。
作品名:愛を抱いて 31 作家名:ゆうとの