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愛を抱いて 29

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58. 児童公園事件


 パーティー・シーズンを迎え、浮かれた学生達で賑わう街を後にして、私と世樹子が中野へ帰って来たのは、深夜近い頃だった。
「今夜は、泊まって行けば?」
私は云った。
翌日は木曜で、彼女は午前中ゆっくりできるはずだった。
「うぅん…。」
世樹子はしばらく考えてから云った。
「…止めとくわ。
私が泊まったら、鉄兵君、体育サボりそうだから。」
二人は飯野荘へ向けて歩いた。
「そうそう、鉄兵君が東京タワーへ行きたがってるって、みんなに話したらね…。」
「何だ、話したのかい…。」
「あら、いけなかった?」
世樹子は愉しそうにクスクス笑った。
「どうせ、みんな馬鹿にして笑ったんだろう?」
「そんな事なくてよ。
ヒロ子やフー子達も、一緒に連れて行って欲しいって云ってたわよ。
ねえ、彼女達も誘って良いでしょ? 
まあ、鉄兵君は当然良いわよねぇ…。」
「…。」
「良いでしょう?」
「良いよ…。
じゃあ、男にも誰か声をかけとこうか?」
「それは、どうでもいいんじゃない? 
みんな、鉄兵君と行きたがってたから。
で、日時だけど…。
ノブちゃんがね、来週の水曜日が良いらしいのよ。」
「ノブちゃんも来るの?」
「ええ。」
私は「香織は?」と訊こうとして止めた。
香織が来るはずはなかった。
私は、香織が来ないのにノブが来るという事を考えていた。
「どう? 
9日の水曜日。」
「俺は構わないよ。」
「じゃあ、決まりね。
みんな喜ぶわよ、きっと。」
「何か、俺の事を笑いに来る様な気がするな…。」
「今更、誰もあなたの事、笑いになんか来ないわよ。」
穏やかな夜だった。

 二人は児童公園の前までやって来た。
そこから飯野荘までは40メートル程であった。
二人とも、すぐには別れ辛くて、公園のブランコに乗った。
公園にも、辺りにも、誰もいなかった。
「香織はもう、帰ってるのかな…?」
「どうかしら…?」
時刻は零時を随分廻っていた。
「多分、お部屋にいるんじゃない…?」
世樹子が香織に、私との関係を告げるつもりがあるのかどうか、私には解りかねたが、彼女の人に対する優しさは愛を手にしてもなお、崩れ去るものでない事は確かであった。
私は柳沢に、世樹子について語った事があった。

── 「どうやら俺は、彼女の事を好きになったらしい。」
私は云った。
「…ふむ。」
柳沢は煙草を深く吸った。
「それで、久保田と別れたのか?」
「そう思われた方が、良いのだが…。」
私は意を決して、香織に対して自分が愛を確認した事は一度もない旨を告げた。
「…そんな気が、何となくしてた。」
柳沢は灰皿を何度も叩きながら、そう云った。
私は彼に対する心の溜飲を下げ、煙草に火を点けた。
すっかり短くなってしまった煙草を灰皿へ捨てて、柳沢はまた静かに口を開いた。
「鉄兵、俺は、お前が好きだ。
そんな事を、俺に打ち明けてくれるのは嬉しいけど…、お前が俺に隠し事を持っていたって、俺達の友情は変わらないよ。
お前はずっと、俺に気を使い過ぎてる。
確かに、俺は今でも久保田の事が気になるけど…、俺は嫌いな人間と平然と付き合える程、面の皮は厚くない。」
「俺を許してくれるのか?」
柳沢は笑った。
「許すも許さないも、最初からお前が好きなんだから…。」
今日、バイトでブランデーをもらったのを思い出した、と云って柳沢は自分の部屋へ行き、それを取って来た。
「世樹子は前から、お前の事が好きみたいだから問題ないな。」
ブランデーをグラスに注ぎながら、柳沢は云った。
私は、もう何度も彼女と二人きりで逢っている事を話した。
柳沢は笑って聴いていた。
「ヒロシには、もう云ってあるんだ。」
「何だ、知らなかったのは俺だけか、…久保田と。
まあ、ヒロシは傷つかないよ。
あいつも世樹子が鉄兵に気のある事ぐらい知ってるし、奴の場合は恋愛対象と言うより、彼女を女神の様に挙げ奉ってたからな。」
我々はVSOPをグイグイ呑んだ。
「世樹子は優しい女だな…。」
柳沢が云った。
「ああ。
優しい女だ。
馬鹿な事を云う様だが、あれ程優しい女を、俺は初めて視た。
普通、自分の優しさってのは、他人に解って欲しいと思うものだが、彼女は違う…。
多分、それが本当の優しさなんだろうけど…、彼女は誰に対しても、…自分の優しさが伝わらなくても、人に優しくできるんだ。」 ──

 私はブランコを降りて、ジャングル・ジムに昇った。
「怖くない…?」
世樹子はまだブランコを揺らしながら訊いた。
「怖い。」
私はジムの一番上から云った。
「じゃあ下りて来なさいよ。」
世樹子は少し心配そうだった。
私はゆっくり立ち上がろうとした。
「止めなさいよ。
落っこちても知らなくてよ。」
立っているのは本当に怖かったので、私は静かに腰を落とした。
と、その瞬間、私は片方の足を滑らせ、大きくバランスを崩した。
世樹子は悲鳴をあげてブランコを跳び降りた。
私の両手は予め予定されていた処をしっかり掴み、そして私は滑らせた足をブラブラさせながら笑った。
「もう…!」
世樹子はジャングル・ジムの下で目もとに笑みを浮かべて口を尖らせた。
「私も昇ろ。」
そう云って彼女は怖る怖る、私のそばまで昇って来た。
「わあ、良い眺めね。」
穏やかな夜だった。

 二人はいつまでも、ジャングル・ジムの上から夜を視ていた。
公園のすぐ前の路は街灯に照らされて明るかったが、その路から左に折れて飯野荘へ続く路は暗くて何も見えなかった。
若い女が1人、前の路を歩いて来た。
片手にタオルの載った洗面器を抱えて、その女は不意に我々の前へ現れた。
街灯に照らされたその横顔は、香織だった。
「(あっ)…!」
私は思わず声をあげそうになった。
反射的に私はジャングル・ジムを飛び下り、奥にある滑り台の後ろへ走り、そこへ隠れた。
隠れながら、香織が我々に気づいたなら隠れても無駄であったと、しみじみ思った。
私は滑り台の陰からジャングル・ジムの方を伺った。
香織は行ってしまったらしかった。
世樹子はまだジムの上で、向こうを向いて座っていた。
私は一応ほっとして、ゆっくりジムへ近づいた。
「なかなか、いい度胸をしてるね。
てっきり君も隠れたものと思ったが…。」
ジムの下から私は声をかけた。
「身体が…、動かなかったの…。」
世樹子は泣く様な声で答えた。
私は再びジムに昇り、彼女の隣に座った。
彼女は本当に泣いていた。
「香織は…?」
私は訊いた。
「気づかずに…、行ったみたいよ…。」
世樹子は片手で両方の眼を擦った。
その頬が濡れて光っていた。
「一瞬も、哀しませたりしない。」と誓った私の言葉は、嘘になった。
穏やかな夜だった。

 次ぐ12月3日木曜の夜も、私は世樹子と一緒にいた。
我々は三栄荘へ戻ると、柳沢と三人で洗濯物を持ってフー子の部屋を訪れた。
「来た、来た。」
そう云ってフー子はドアを開けた。
作品名:愛を抱いて 29 作家名:ゆうとの