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アサヒチカコ
アサヒチカコ
novelistID. 50797
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わたしの声がきこえる

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 東京の大学に通っていたころ、飲み会などで出身地をたずねられて東北だと答えると、ごはんがおいしくていいところだよね、とか、だからそんなに肌が白いんだねえ、などと言われたものだった。どこでどう仕入れたのか、地元を愛する女の子はモテるという言葉を信じていた私は、そのたびに、これ以上ないくらいの笑顔をつくってみせた。お酒もめっちゃおいしいんですよー、とか、日に当たると真っ赤になって皮むけちゃうんだよねー、というような、その場にもっともふさわしい返事を器用にひねり出しながら。
 そのおかげで、私は男の子にとても人気があった。これは自慢でもなんでもなく、ただの事実だ。上京してすぐに入った大学のサークルでは、四年生の先輩に強いアプローチを受けて付き合いはじめ、十代のうちに処女を失うことに成功した。彼が卒業すると同時に別れてしまうと、今度はゼミの同級生に告白された。彼とは半同棲状態だったけれど、私が彼の嫉妬と束縛に耐えきれなくなって終わった。そしていよいよ卒業するころになると、何人かの後輩たちに、こっそりと想いをうちあけられた。
 私のことを好きだという男たちは、「みちる(もしくはみちるさん)の地元に行ってみたいなあ」と口をそろえて言った。それを聞くたび私は、「そんなことより、今日泊まりに行ってもいい?」「今はあなたのいる東京のほうが好き」などと歯が溶けてなくなりそうな台詞を口にしては、男ってなんてばかなんだろう、と思っていた。もしもあのころ私に女友だちがいて、この話をしたとしたら、彼女はきっとわかってくれただろう。私にとって地元というのは、男の子をひきつけるためだけの道具にすぎず、本当はそれを嫌い、うらんでさえいるということを。
 そして今、大学を卒業して二度目の春がやってこようとしている。デザインを重視して選んだ小ぶりのキャリーバッグは、見た目のわりにずっしりとした重さが手を痛めつける。ドアが開くのにあわせて、冷たい風が吹き込んできたので、巻いていたマフラーを口元まで引っぱりあげた。ブーツの高いヒールに神経を集中させながら、雪のかたまりがくっついたホームに降りる。目の前には、駅前開発の進んだ東口の景色が広がっている。ただの田舎のデパートのようだった駅ビルには、若者向けのアパレルブランドなども入るようになったという。振り返るとそちらにあるのは、私の生まれた家のある西口の町だ。商店街の様子も住宅の数も、私がこの町を出たころと何も変わっていないように見える。その呑気さに私はあらためて絶望して、大きくため息をついた。
 一年前の私は、誰もが名前を知っている大手企業に内定をもらって、どこかへ飛んでいってしまいそうなほど浮き足立っていた。新しい恋人ができたのは、入社して半年が過ぎたころだ。ひとまわり以上歳上の、当時直属の上司だった花島さんというひとで、私が唯一きちんと好きだと思えた男の人だった。私たちは誰にも秘密で、何度も逢瀬を重ねた。あるときはホテルで、あるときは私の部屋で。彼とはよく昔の話をしたけれど、今現在の話になると言葉をにごされたり、話題を変えられることが多かった。そんなことはこれっぽっちも気にならないほど、恋に目がくらんでいたともいえるし、だからこそ、どことなくつかみどころがなくて、いつも満ち足りず不安にさせられる恋だったともいえる。そんな生活が数カ月続いたころ、私は常務に呼ばれ、自主退社をうながされた。理由はやはりというべきか、花島さんのことだった。彼には仕事で海外を飛び回る妻がおり、彼女が帰国した際に、パソコンに入っていた私のメール履歴を読んで会社に連絡をしてきたのだそうだ。常務が花島さん本人を問い詰めたところ、私にしつこく迫られて、仕方なく関係を持ってしまったと答えたらしい。はじめに誘ってきたのはむしろ花島さんのほうだと訴えると、常務は「証拠はあるのかね」と、刺すような視線を向けてきた。そこで初めて私は愕然とした。この会社で私に味方してくれるようなひとは、花島さんひとりだけだ。恋愛の話どころか、お昼を一緒に食べに行ってくれるようなひともいない私が、不倫の恋の証拠を示せるはずがなかったのだ。黙って力なく首を振ると、それじゃあ手続きはこちらで進めておくから、明日からもう来なくていいよと、彼は冷たく言い放って背中を向けた。
 次におとずれたのは、再就職先を探すためだけの日々だった。失恋で寝込んでいるひまなど、これっぽっちもなかった。私は自分を騙した男のために死ぬなどまっぴらごめんだったし、生きていくためにはお金が必要で、お金を得るためには働かなければならないとわかっていたからだ。しかし、自分ひとりが東京で生きていくための生活費をすべてまかなえるほどの職業はそう簡単には見つからず、貯金もわずかだったため引っ越しものぞめなかった。初めのうちこそ毎日就職応援サイトをのぞき、足しげくハローワークに通っていたけれど、そんな気力もだんだん削れていき、食べて寝るだけの生活をする日が増えていった。いっそあのとき、消えてしまえればよかった。そんなことが頭にうかぶようになったころ、実家から一本の電話がかかってきた。相手は母で、仕事はがんばっているか、ちゃんとごはんを食べているかなどという他愛のない会話だったのだけれど、途中から涙があふれて止まらなくなった。そのまま、会社を辞めてしまったこと、仕事を探しているけれどなかなか見つからないことなどをすべて話してしまった。母はあわてながらも、なぜだかすんなりと、一度家に帰ってきなさいと言った。あまり気は進まなかったけれど、当時の私にはもうそれしかないように思えた。電話を切ると、私はそのまま荷物をまとめ、駅で新幹線の切符を買って、すぐ来たそれに乗りこんだのだった。
 数人でかたまってやってくる高校生たちとすれ違いながら、改札を抜け、西口へと向かう。小さなバスロータリーは少しばかり幅の広い道路につながっていて、それに沿うようにスーパーや薬局、酒屋などが点々と建っている。脇道に入ると、そこはもう小さな住宅街の中だ。そのいちばん奥に、私の家はある。
 近所のうわさ好きなおばさんたちにつかまると厄介なので、できるだけ目をふせて先を急ぐ。しかし道のりの半分ほどのところまでやってきたとき、私はふとその足を止め、あたりをきょろきょろと見回してしまった。雪の下からようやく顔を出しはじめた土や草のしめったにおいにまじって、甘くいい香りがただよってくることに気がついたからだ。それがどこからやってくるのかどうしても知りたくなった私は、左手の少し先に見えるせまい一本道に見当をつけ、体をすべりこませた。
 そこは、小さな商店街だった。いや、商店街という呼び名すらふさわしくはないのかもしれない。ともかく、十にも満たないほどの数の店が、その場所にきちんとおさまっているのだ。ひとつひとつは目立つことなくこぢんまりとしているが、それらがこうして集まっているのを見ると、どこかにすてきなものが隠れひそんでいるのではないかと思えてくる。こんな場所ができていたなんて、まったく知らなかった。