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「天国からの配達人」

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「天国からの配達人」



 向こうはどんなところだろうか。
 多くの生者はそう思うのだろう。

 残念ながら、僕は生者が抱く感情が、僕には分からない。
 何せ、ここに生まれ、ここで育ち、当然のようにこの仕事を始めたからだ。
 そんな存在が、誰も見ず知らずの世界に畏怖する感情を知るはずもない。
 だが、ここはまんざら悪い場所でもないと思う。
 あらゆる時代を生き、あらゆる事情で死んだ、あらゆる人の生を感じられる、そんな場所。
 僕らは、そんな人たちが抱く、様々な思いを綴った手紙を、生者に届ける仕事をしている。
 そして、その逆もまた。

 そんな僕らを、生者は「天国からの配達人」と呼んでいた。




「こんにちは。お手紙の配達に参りました」
 そう言って、とある民家の玄関扉を二、三度叩くと、中から三十代後半ほどの婦人が現れる。
 家主が姿を見せたことを確認すると、小さく一礼をして挨拶し、カバンから白い封筒を取り出した。
 それを婦人に手渡すと、「ご苦労様」と穏やかに微笑みながら、丁寧に封を破いて開いた。


 この婦人との出会いは、およそ十年ほど前。
 彼女が結婚してすぐ、旦那さんが交通事故に遭って亡くなり、葬式を終えた帰りの夕間暮れのこと。
 今後、一人で生きていくことを決意したものの、二度と顔を合わせて言葉を交わすことができない悲しみに心を痛め、道端で蹲って泣いていたそのとき、彼女は、郵便配達の仕事をしている僕の姿が、見えたのだという。

 僕らの姿は、本来、生者には見えないはずなのだ。
 ただ、大切な人を亡くし、深い絶望の淵に立たされているときにのみ、僕らの姿が見えるのだという。
 あそこでは“普通”の僕らも、彼らにとっては“異形”に見えるのだそうだ。
 彼女にとって、“異形”である僕の姿がどう見えたのかは知らないが、僕が、ここで生きているはずのない――否、生きていてはいけない存在だということは、一目見て分かったらしい。
 後から聞くと、あまりにも生の匂いを感じられなかったからとか何とか。生者の考えることは、やはりよく分からない。



「さすがに十年も経つと、向こうでの生活も慣れてくるようね」
 手紙を読み終え、一頻り感慨に耽ったあと、婦人はぽつりとそう呟いた。
 暫し小首を傾げながら、婦人のうんざりとしたような表情を窺っていると、「そうだ」と手を叩く。
「少しここで待っていてくれないかしら」
「分かりました」
 小首を傾げた僕を尻目に、婦人は早足で家の中に舞い戻る。
 玄関先に取り残された僕といえば、特にやることもなく、雲ひとつない春の麗らかな晴天の空をぼんやりと眺めたり、庭の花壇の花に群がる白い蝶の行方を目で追ったりして時間を潰していた。
 あそこにも桃源郷と呼ばれる美しい場所があるけれども、ここの春という季節に咲く薄桃の花も、僕は好きだ。
 日差しの温かさに、少しばかりうとうとしていると、婦人は勢い欲玄関の扉を開いて、僕の元にやってきた。
 あまりの騒々しさにはっとして、僕の眠気が一瞬にして覚める。
「お待たせいたしました」
 婦人は息を切らせながら、僕に一枚の紙切れを渡した。メモ帳を破いたものに、走り書きで文字が書かれている。
「これは、手紙ですか?」
 僕がそう尋ねると、婦人は恥ずかしそうに笑った。
「もう少し、ちゃんとした形にしたかったんだけど、ちょっと急ぎなの」
「速達ですか?」
「うん、そうね。できることなら、今日中に届けてほしいわ」
「分かりました」

 そう頷いてから、小さく一礼をすると、僕はその家を後にした。
 封筒どころか、宛名も宛先すらもない手紙を届けるというのは、なかなか新鮮だ。
 まあ、このご夫婦は常連なので、名前も連絡先も掌握しているので、封筒がなくとも別に困ることはない。
 強いて問題があるとするならば、この手紙に封筒がないせいで、紙切れに書かれた文字が読めてしまうことだろうか。


「……結婚記念日、忘れられてたのかな」

 僕は囁くような声で独り言を呟くと、次の配達先へ急いだ。
 予定よりも少し遅れている。早く行かなければ。
 僕を――否、ここと向こうで生きる二人を繋ぐ手紙を、きっと待っているから。
 街路に咲き誇る桜が、ここで生きる人に春の思い出を運ぶように。





End
作品名:「天国からの配達人」 作家名:彩風