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帰郷

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7 家路



 朱音が運転する車は神戸の自宅に向けて走り出した。助手席には妹の悠里、後部座席には弟の陽人が乗っている。行きは四人で帰りは三人、幼馴染みの篤信を下宿先の東京で下ろし、帰路はきょうだい三人だけになった。今年もあと僅か、同じように家族で東京脱出を計る者も多いこの時期、きょうだいだけで大移動するのは朱音たちにとっては初めての経験で三者三様にワクワクするような気持ちを抱えて夜の街を西に向けて走っていた――。
「お姉ちゃん、ラジオ着けていい?」
「いいよ」
 悠里は後ろにいる陽人と目を合わせ、それからラジオの周波数を合わせた。首都圏を離れつつある車はなんとか電波を捕らえた。ラジオからは朱音のよく知っている声が聞こえてきた。

   鞍掛杏奈のカレッジ・ナイト・ネットワーク

 軽快な音楽とともに番組が始まると、姉の横顔が予想通りほころんで行くのが悠里たちには分かった。
「おっ、この声は。鞍掛やんか」朱音はこのDJが親友であることを得意気に説明しはじめた。悠里は知らないフリをして頷いて朱音に話を合わせた。
 車はまだ東京都内にいるからか、深夜でも車がけっこう多い。友達が進めるラジオ番組のお陰で、道が混んでてもさほどイライラしない。

   今日は私の地元、神戸からゲスト呼んでます
   ……、ギミックの倉泉君です。

 
「え、陽人?」ラジオから流れる陽人の声を聞いて朱音は一瞬後ろを振り返ると、陽人は照れ臭そうに頭を掻いて笑った。
「ああ、会いに行った先輩って鞍掛のことやったん?」
「そだよ。先輩もお姉に会いたがってた」
「スッゴいキレイな人だった」
 朱音は杏奈の東京での活躍を知っており、彼女が企画するラジオ番組があるのは知っていたが、まさか今日のこの時が放送日であることまでチェックする余裕はなかった。
「アンタも有名人やん?首都圏では有名な番組らしいよ」
朱音は、杏奈が言ってた事を説明した。本人が言ってるだけで本当かどうかはわからないのだが。
「らしいね。篤兄も言ってた」
東京に住む篤信が言うくらいだから杏奈の話は大袈裟なものではないようだ。ラジオのお陰で車内が和む。道が多少混んでいてもイライラしない。
 杏奈の言うように、番組はほとんど編集されることなく、陽人たちが覚えている展開で進んで行く。地元の話になると頷いたり、大袈裟な話になると厳しいツッコミが入った。悠里が番組の裏事情を話しながらゆっくりではあるが確実に車は首都圏から離れて行った。
 それから杏奈の曲紹介があり、陽人のキーボード伴奏で杏奈がギミックの曲を歌い出した。
「キーボードと鞍掛の声じゃ全然雰囲気違うね?」
朱音も一緒に弟の書いた曲を歌い出した。確かにがなりたてて歌われる原曲とは全く違い、ボーカルに合わせてピアノで弾かれた旋律は優しいものに聞こえる。そう口ずさむ姉は機嫌が良さそうだ。後部座席からでは顔が見えないが、目元が微笑んでいる。

    それでは『訳して訳詞』のコーナー
    有名な曲のフレーズを自分なりに訳して解釈 するコーナーです。

「鞍掛らしいコーナーやねぇ………」
「学生向けっぽいでしょ?」
 朱音は頷きながら中学高校の頃杏奈とよく訳詞の解釈を巡って遊んだ事を思い出した。それがこのコーナーのルーツであることを杏奈がラジオで紹介した。杏奈が英語に興味をもったのはこの頃で、出会った当初日本語が訛っていたクォーターの朱音と友達になりたかったことを今ラジオに出演している弟に話していた。現在杏奈は英文学専攻の学生であり、英語は概ね理解できる。

  
    今週のフレーズはコレです

    living is easy with eyes closed
    misunderstanding all you see
    its getting hard to be someone but it all works out
    it doesn't matter much to me

 流れたのはビートルズの『ストロベリーフィールズ・フォーエヴァー』の一節だ。

    それではリスナーからの訳を紹介します

「色んな解釈が出来るよね。私なら……」翻訳を仕事とする朱音がお題を請けて考え出した。
 リスナーの訳を杏奈が紹介してはそれに解説が付く。この時陽人の声が減っているのは即興で訳を考えていたからだ。
「『知らなきゃ良かった事ばかり、それじゃあ大人になるのは難しい。でも案外やっていけるもんだから、気にすることないよ』ってところかな?」
「おーぉ」朱音の翻訳を聞いて、陽人も悠里も思わず声が漏れた。驚いたのはその回答の速さだけではなかった。その数十秒後、ラジオからほぼ同じ意味を話す陽人の声が流れた。

    陽ちゃんならどう?

陽人が台本に訳を殴り書きしているのを見た杏奈は出来た訳詞を読むように勧めた。

    『知らなかったら人生なんて楽なもの
    現実は誤解だらけだ
    一人立ちするのは楽じゃないけど
    上手くいくよ、大したことじゃないから』
    ってとこでしょうか?

朱音は陽人の訳を聞いて、今度はラジオの杏奈と同じ調子で「おーぉ」と声を出した。

    それってギミックの事かな? 
    そうですね、みんな一人立ちするから……

「何か僕らおんなじもの見てるんかな?」
「――かもね」
 二人とも意訳表現であったが、歌詞と今の気持ちをリンクさせ、現実は誤解や難しい事だらけだが現実逃避したい気持ちは持ちつつも、それでも前を向いている点では二人は同じだった。
作品名:帰郷 作家名:八馬八朔