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夢と少女と旅日記 第5話-4

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 会場は一時騒然としましたが、出ていこうとする彼女と、彼女が連れている赤い髪の妖精を引きとめようとする者は誰もいませんでした。いたのは、“馬鹿なことをする奴がいたな”という顔をする人たちで、すぐに何事もなかったかのように、議論が再開されました。
 私はと言うと、もう居ても立っても居られなくなって、会場から出て行った彼女のあとをエメラルドさんと共に追いかけました。
「ネルさん、さっきの人って……」
「ええ、彼女は仲間です! ここで逃しちゃいけません!」
 廊下を走って、走って、走って、外へ飛び出しました。周りを見渡すと、そこには縦ロールで紫色の髪を指でくるくると弄りながら、何やら考え事をしているかのような彼女がいました。
「あ、あの……」
「……本当に誰かが来るとは、思っていませんでしたわ。喜ばしいことではありますけれど」
「え……?」
「失礼。まずは自己紹介をした方がいいですわね。わたくしは旅の魔術師、ローラ・モーガンという者ですわ。こちらは、妖精のルビーよ」
「よろしく頼むぜ。……って、そっちの緑のは見たことあるな。あんた、エメラルドだろ?」
 そんな風に自己紹介されては、私も名乗らないわけにはいきませんでした。普段なら、“美少女旅商人”と言うのですが、このときは真面目に返した方がいいと思いました。
「私は旅商人のネル・パースです。そちらのルビーさんとは知り合いなんですか、エメラルドさん?」
「あ、はい……。確かに天界のどこかですれ違ったことはあるような……。改めて、よろしくお願いします」
「おう、よろしくな! まあ、いろいろあるみたいだけど、あたしはあんたのこと嫌いじゃないからさ」
 綺麗な歯を見せて、屈託なく笑うルビーさんからは、嫌味な感じは全くしませんでした。ハンターギルドの本部内にいた人たちとは違った表情に、私の心は癒されました。
「さて、自己紹介も済んだことですし、本題に入りますわよ。どういった主旨かはもうお分かりかしら?」
「もちろんです。『同じ考えの人がいたら追いかけてきて欲しい』という想いは、ちゃんと伝わってますよ。彼らと組んでは、私たちの目的は果たせないだろうということも」
「理解が早くて助かりますわね。つまりは、こういうことですわね。彼らとは別に、わたくしたちだけで同盟を組みたいのですわ。そうでなければ、ナイトメアを倒すことはできませんもの」
 “ナイトメアを倒す”と、彼女ははっきりと言ってくれました。そう、彼女が出て行くときに、わざわざ“外で空気を吸ってくる”なんて言ったのもそのためです。
 もちろん反感を買う行動だということは、彼女にも分かっていたでしょう。しかし、それでも、誰かが追いかけてきてくれるなら、それでいいと考えた上での行動。優雅なドレス姿で落ち着きのある見た目ですが、それ以上に冷静な考えを持って行動していたのです。
「立ち話もなんですわね。どこかでお茶でもしましょう。あんな会議場に戻る必要もございませんし」
 というわけで、近くの喫茶店に入り、腰を落ち着けて話をすることにしました。注文したブラックコーヒーを一口飲みながら、彼女はこちらの出方を窺っているようでした。
「あの、先ほど“ナイトメアを倒す”と仰っていられましたが、何か因縁でもあるのですか?」
「あ、それと、私も気になったことがあります。魔術師と名乗っていらっしゃいましたけど、魔法使いとは別物なのですか?」
 私の質問に被せるような形で、エメラルドさんも質問しました。魔術師と魔法使いの違いくらい知っていて欲しかったというのが本音ですけど、ローラさんの口から素性を聞き出すには悪くなかったと思います。
「まあ、わたくしのことを信頼していただくためには、話さなければなりませんわね。同盟の話もこちらから切り出したのですし」
「ああ、いえ……。信頼だとか、そういうつもりはないのですが、ちょっと気になったので。もちろん話したくないことなら、話さなくてもいいですよ」と、私は遠慮がちに言いました。
「思い出すのもつらいですが、お気になさらなくて結構ですわ。と、その前に、そちらの妖精さんの質問に答えた方がいいですわね。
 魔術師と魔法使いの違いは、簡単ですわ。魔法使いが使うのは、戦闘やマジックアイテムの開発などのための実用的な魔法で、わたくしたちが使う魔法は非実用的な魔法なのよ。
 どちらも魔法であることには変わりありませんけれど、見世物として魔法を使うのが魔術師ですわ」
「見世物としての魔法……?」と呟いたのは、エメラルドさんです。
「つまりは、舞台上で魔法を披露して、お客様を楽しませることが目的ね。わたくしはそうやってお金を得ながら、世界中を旅しているのよ。
 ですので、戦闘能力については、あまり期待しないでいただけると幸いですわ」
「こちらは、なんの魔法も使えないただの旅商人ですし……。魔法の心得があるというだけでも頼もしいですよ」
「ローラはこう言ってるけど、これでも結構強いんだぜ。まあ、現実での強さと夢の世界での強さは、必ずしも一致しないんだけどな」
「それはさておき、ネルさんの方の質問にも答えなくてはいけませんわね」
 ローラさんはそう言って、少しだけ躊躇するような表情をしながらも、ちゃんと答えてくださいました。
「恋人が殺されましたの」