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魔王様には蒼いリボンをつけて ーEpisode1ー

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 黒い髪に櫛を通す。 
 義兄の髪はいつも手触りがいい。猫の毛のように艶やかで柔らかくて。

 ルチナリスは、そっと自分の髪に触れてみる。
 比べるまでもなく硬い。色も貧相な茶色。この国にはいくらでもいる髪の色。
 義兄とは、全く違う色。


「本当はあそこでなにしてた?」

 義妹に髪をまかせながら義兄は問う。

「……なにも……帰ってきたらお城が騒がしくて……」
「そう」

 義兄は黙り込んだ。
 ルチナリスも言葉が続かない。


 窓からこぼれる白い光。その柔らかい光の中にいる義兄が好きだった。
 幸せ、ってこういうものなんだと、幼心にそう思ったものだ。

 今も同じ光の中だけど。
 そこにあるのは温かい幸せだけじゃない。強い日差しに溶けて見えなくなっているだけで、暗い、冷たい感情が漂っている。

 聞きたいのは、あたしがそこでなにを聞いたかってこと?
 それともグラウス様との仲を疑ってる?
 でも……あたしも、聞きたいことがあるの。

 勇者と応戦しているってどういうことですか?
 それって悪魔側っていうことですか?
 血筋なんかじゃなく悪魔側だから、襲われないんじゃないですか?
 あなたが悪魔とつながっているから、あたしたちも今まで無事だったんですか?

 義兄は答えてくれるだろうか。

 あたしが悪魔に襲われたのを知ってて、それでもあなたは悪魔の味方なんですか?
 今まで、あたしを騙してきたんですか?

 そんなこと、聞けるわけがない。


 黙ったままのルチナリスに、義兄はその蒼い目を向ける。
 不安げに揺れる中に、それでもなにかを探るような強い光を湛えたその目を。


 義兄は……本当はこんな白い光よりも、闇のほうが似合うんじゃないだろうか。

 唐突にそんなことを思った。
 闇のほうが。
 その髪と同じ、漆黒の世界のほうが。


 結わえて背に流した髪に、買ってきたリボンを結ぶ。
 この色は義兄の瞳の色。
 もともとはかなり深い蒼なのに、光に当たると明るく染まる。
 明るい青。空と海の色。 
 そうよ。
 あたしの大事なお兄ちゃんは……悪魔なんて、関係ない、わ。

 さっき執務室から聞こえた声は錯覚。あの見えない声と同じで、どこか次元の違う世界の声が聞こえちゃいました、とか、きっとそうよ。
 だってここは悪魔の城なんだもの。それっくらいの超常現象は起きたって驚かないんだから。


「なに?」

 義兄の瞳に光が入る。
 リボンと同じ色。明るい、光の側の色。

「いえ、綺麗なリボンを見つけたので」
「リボン〜!?」

 義兄は手を髪にやった。

「お前ね、男にリボンって変でしょ。取りなさい」
「よく似合ってますよ」
「んなわけない。まぁたグラウスになに言われるか」

 文句を言いながらも手鏡を傾けて、何とか見ようと試みている。
 あわせ鏡にでもしない限り、後ろを見るのは難しいだろう。それでもひとつしかない鏡で見ようとしているさまは、なんだか子供のようで可愛らしい。
 手を伸ばせば簡単にほどけるものを自分で解こうとしないのは、一応は気をつかってるからなのかもしれない。


「……青藍様、魔王ってなんですか?」

 ルチナリスの声に義兄は動きを止めた。
 口を噤み、手にしていた鏡をぱたりと伏せる。

 ふと思う。
 聞いて、どうなるというのだろう。

 悪魔の城の悪魔ってなんですか?
 魔王って誰のことですか?

 あたしはどんな答えを望んでいるのだろう。
 心の中に引っかかったそれは、本当にあたしが望んでいる答えなのだろうか。
 その答えを義兄の口から聞いて、あたしはどうするつもりなのだろう。
 
 10年前にあたしを拾ってくれたあなたは、いったい誰ですか――?



「そろそろ行かないと」

 義兄はポケットから懐中時計を出して時間を確認すると、何事もなかったかのように立ち上がった。

 あぁ、義兄は今のことを聞かなかったことにするつもりだ。
 次に顔を合わせた時、きっとなにも知らないような顔で笑いかけるに違いない。

 あたしに義兄を引き止める術(すべ)はない。止めたところで義兄が答えてくれるとも思えない。
 でも。

「ここを動くなよ」

 義兄はルチナリスの髪をくしゃくしゃっと撫でた。
 昔からなだめる時の彼の癖。「はい、これでおしまい」という合図。
 小さい頃はこれで怖いのが終わりなんだと嬉しくなったものだけれど。

 でも。

 これでおしまいにしてしまって、いいの――?


「……すぐに終わる」

 ドアから消える寸前、彼はそう呟いた。
 蒼いはずの目に、ゆらりと別の色が見えた。