小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

音が響きわたる場所 【旧版】

INDEX|4ページ/12ページ|

次のページ前のページ
 

三.俺は謝罪する

 ノガレスの道路は、南にある州都エルモシージョへと続く幹線道路以外のほとんどが舗装されていない。なんでも、年中を通して気温が高いため、アスファルトなどは溶けてしまうのだとか。
 聞いた話なので、その真偽は定かではないのだが。
 ノガレスの中心を南北に貫き、サンタ・アナを経由してエルモシージョまで続く幹線道路は、アメリカから国境を越えてやってくるトラベラーやバイカーたちに人気のあるルートの一つだ。
 アメリカからメキシコに入る際には、一切の手続きを必要としていない。それはメキシコ側の怠慢でもあって、本来は複数の書類に記入しなければならない。
 アメリカ側からであれば、ほぼ素通りできるのだが、アメリカに再入国する際には最低限パスポートが必要となる。
 うっかりパスポートを忘れてしまい、戻れなくなったアメリカ人の再入国を手助けするのも、コヨーテの役割の一つとなっている。チップ並みの稼ぎにしかならないが、それを専門として数をこなす業者もいる。
 その業者は、国境係員の友人であったり、非番の国境係員であったりもするが、あくまでもパスポートを忘れてしまったアメリカ人だけに客を限定したものだ。
 街の中心地から二マイルも離れると、周囲はサボテンが立つ砂漠の景色となる。
 地面は砂と土だが、この辺りは比較的多くの植物が目に付くため、歩いても死に直結するようなイメージは湧かないらしい。らしい、というのは、俺が直接見たわけではないからだ。
 軍人時代のアリゾナ演習で見た砂漠と同じらしいのだが、あの頃は何もかもが必死だったから、景色などはほとんど覚えていない。
 砂漠と聞いて俺が思い浮かべるのは、やはり中東で見た砂漠だ。
 目を失った場所であるという不快な印象しかない。

「よし、着いた。歩かせてすまなかったな」
 俺は謝罪の言葉を述べる。気持ちは少しも入っていないが、言わないよりはマシだ。
 ソニアが逐一丁寧で丁重な物言いをしてくるので、こちらもそうしなければならないような気分になってしまう。
 トーマスの店を出て、俺の愛車が止めてある街外れまで歩いてきたところだ。
「ふあ、大きい」
 目印はそびえ立つ一本のサボテン。ソノラ砂漠の固有種であるサワロ・サボテンだ。
 ソニアは、口を開けてサワロ・サボテンを見上げていた。巨大なものになれば、高さは十四ヤードにも達し、最大重量は十五トンにも及ぶ。
「サワロは初めてか?」
「はい。写真やテレビでは、何度も見たことがあったのですけれど」
 丁寧な言葉使いは、彼女の育ちのよさを余すことなく伝えてくる。しかし、粗野な俺には少しばかり耳障りでもある。
「これから向かう場所には、嫌というほどのサワロがある」
 俺は一足先に車に乗り込み、助手席のシートに積もった砂を払い落とした。
「それは楽しみですね」
 俺の愛車フォードGPWは、二輪駆動と四輪駆動を切り替えられるパートタイム方式の四輪駆動車であり、さらには運転席にあるレバーでタイヤの空気圧を変えることもできるため、街中でも砂漠の荒地でも難なく走ることが可能だ。勿論、改造車だ。
 ノガレスから西へ。ソノラ砂漠に進入する。
 国境を右手にしばらく走った後、植物よりも剥き出しの地面の割合が多くなった頃に、俺は車を止めてエンジンも切った。
「どうかしたのですか?」
 ソニアが怪訝な声を出す。しかし、不安よりも好奇心の方が僅かに強いようだ。
 俺は後部の荷台から望遠鏡を取り出して、ソニアに渡す。
「あっちに土煙が見えるはずだ」
「んー。あぁ、ありましたありました。向こうに移動しているみたいですね」
 ソノラ砂漠の真ん中には、国を隔てるフェンスが存在していない。そのため、砂漠からのアメリカ入国を試みる密入国者が後を絶たず、近年カリフォルニアとテキサスに増設されたフェンスのおかげで、さらなる増加傾向にある。
「あれは何なのですか?」
「ドライブ・スルーだ」
 最も単純な国境の越え方は「ドライブ・スルー」と呼ばれる方法だ。
 砂漠を車で突っ切ることで、問答無用で国境を越える。勿論、捕まる危険もある。途中で国境巡視員に発見されてしまった場合は、メキシコ側まで全速力で戻る。
 この方法でアメリカに運び込まれるのは、ほとんどの場合、麻薬だ。
 砂漠は非常に見通しが良いため、発見されやすい反面、逃げやすくもある。
「国境巡視隊のヘリが飛んでやがるから、あのままだと発見されるだろう。そうなれば、俺たちも巻き添えを喰らっちまうからな。しばらく待機だ」
「あれは、悪いことをしているのですか?」
「そうだな、真っ当なものは積んじゃいないだろうな」
「麻薬、ですか」
「おいおい。子供がそんなことを口にするもんじゃないぜ」
「私、麻薬なんか嫌いです」
「そりゃ良いことだ」
 後部の荷台から帽子を取り出して、ソニアの頭に被せてやる。いわゆるカウボーイハットで、アントニオの忘れ物だ。俺の帽子じゃない。
 砂漠の陽射しを直接浴び続けるのは酷ってもんだ。
 子供は、苦手なだけで嫌いじゃない。言っておくが、俺はこれでもフェミニストだ。
「どうして麻薬なんて物が存在するのでしょうか?」
「さぁな」
 ソニアからは、麻薬に対する強い憎しみが感じられた。嫌いなんてものじゃない。
 麻薬に対して憎しみを持つまでに至った経緯は知らないが、余程のことがあったのだと推測するのは容易いことだ。
 だからといって、俺にはそれを解決してやる義理などはなく、その必要もなければその気もない。
 俺の役割は、この子の安全を確保することだ。アントニオが警察組織を頼らなかったのは、この子の素性を知られたくなかったからだろう。
 ならば、俺も知らない方がいい。
 下手に知ってしまえば、口出しをしてしまうかもしれない。下手なことを言って、機嫌を損ねられでもしたら、その方がずっと厄介だ。
「あれだけ離れれば大丈夫だ」
 ソニアは未だに不快な空気を発していたが、俺は構わずにキーを回してエンジンに火をいれた。
 目的地に到着するまでに、彼女の機嫌が直るような何かがあればいいのだが。
 俺はそんな幸運に巡りあえるようにと願いながら、アクセルを踏み込んだ。

 ソニアを連れて向かったのは、他ならぬ俺の家だ。ソノラ砂漠の中では、植物の比率が高い地域にある。
 二年の時間を費やして自力で掘った、家と呼ぶには申し訳ない洞穴だ。付近には、ネズミや毒蛇、毒トカゲが多く生息していし、人間ではない獣のコヨーテもいる。
 とてもじゃないが、俺は街中には住めやしない。
 俺はノガレスのルールを破った者に対してのお仕置きを実行しているが、その報復を企てる奴らがいる。客を装って俺に近づき、隠し持っていた銃で、ズドン、だ。
 アメリカに麻薬を持ち込ませないために、客の所持品はすべて検査しているのだが、俺の場合は身を守るためでもあるってわけだ。
 尤も、銃を隠し持っていれば火薬の匂いですぐに分かるのだが、大抵の場合は銃撃戦になってしまう。街中でそんなことをやられてはたまらない。
 かつて住んでいたノガレスの家に、問答無用の襲撃を仕掛けてきた連中もいた。返り討ちにしたが、後始末が大変だった上に、近隣の住人に多大な迷惑を掛けてしまった。