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Endless Run

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――― 『行きなさい!』 ――― 
  
  
 頭に響くのは父の声。ボクはゆっくりと目を開ける。
 見覚えのある景色に目を閉じて、ぼんやりとした記憶を辿る。
 大きな透明のガラス。眠るボク。ここは、ボクの育った場所。……生まれた場所。
「目を開けたぞ!」
「よーし。成功だ!」
 白い服を着た人達が握手を交わして、何かを記録し始める。
 ボクを包み込んでいるのは透明な液体。必要な酸素と養分が含まれているから、この中にいれば大丈夫。……だと、言っていたのは、確か、父。
 なんだか意識がはっきりしなくて、ボクはそっと目を閉じた。
「不備は?」
「ないようです!」
 ガラスの向こうに父の姿はない。
 父は、ここには、いない……。
 ボクは身体を丸く縮めて、閉じた瞳の奥で記憶をまさぐる。
  
  
 ――― 快適な環境。流れ込んでくる知識。刻み込まれる記憶。
 笑顔の父が、ガラス越しに写真を見せる。はにかんだように微笑むその笑顔に胸が熱くなる。
 それは、
「お……母……さ、ん……?」
 だから?
 芽生えた知識の中から適切な言葉を探し出したつもりだけど、父は淋しそうに笑うだけで、答えは返ってこなかった。 ―――
  
  
「成長は?」
「依然、十四・五歳が限界のようです」
 ガラスの中、丸くなっていたボクは自分の手を見る。まるで……。
「知識は?」
「そちらは滞りなく。博士の物をそのままそっくり記憶されています」
「間違いないな?」
「えぇ。モリヤ博士の頭脳そのものです」
 父の名、だ。
 この人達は、父を知っている。
 ボクはまるで父のような、細い指の手をジッと見た。
  
  
 ――― 眩しいと形容する光。
「太陽の光がまさしく、それだよ」
 父が言う。
 思わず目を閉じてしまうくらいの強い光なのだと、まるで、それを見ているかのように天井を見上げた。
 この部屋には窓はない。なぜなら、地下室だから。
 きちんとした結果が出るまでは世間に公表してはならないのだと、その為には地下室がいいのだと、そう答えた父の顔が辛そうに見えた。
「……結果……」
 それはボクにも関係あるのかな?
 首を傾げるボクに、父の顔がさらに辛そうに歪んだように思えて、ボクは小声で呟く。
「……ごめんなさい……」 ―――
  
  
「素晴らしい!」
 ガラスの向こうで拍手が起こった。
「遺伝子工学においてのその理論はモリヤ博士が……」
 父が研究していた事。それを受け継ぐのだと、ガラスの向こうの人が言う。
 そして、ボクはその為の質問に答える。
「……ゆ、め……」
 眠っている時にPGO波が海馬などを刺激して記憶を引き出し、大脳皮質にそれを映し出すもの……。
「そうだとも! その研究は博士の夢だった。そう、我々にとってもね」
 ボクの呟きに、白衣のひとりが答える。
 ボクの知っている“夢”とは、違うものらしい。
  
  
 ――― 「そ……ら……」
 この部屋しか“世界”を知らないボクの言葉に、父が頷く。
 どこまでも青く澄んだ天井なのだと教えてくれた。
「……光の……屈折による……」
 ボクの知識にはそう記されている。
 父は、困ったように笑い、首を振った。
 果てなく広がる青い空。どんなに厚い雲に覆われようと、その向こうには必ず空が広がっている。それを見上げて、“人”は“夢”を見るのだと。 ―――
  
  
「何故だ! 何故、モリヤの実験体だけが消滅せずに成長できる?」
 辺りの慌しさで目を開けた。
「理論上、間違いはないかと……」
 何故なら、その男の言葉に、父の名があったから。
「何か見落としているというのか……」
 白衣の視線が一斉にボクに集まる。
「お前なら、分かるね?」
 数字と英字の混じった式がところ狭しと書かれている紙を広げて、ひとりがボクに歩み寄ってきた。
「さあ!」
 ガラスにピタリとそれを押し付けて、中のボクに脅しをかけてくる。
「博士! まだ、無理です。 まだそこまでは再生しきれていません!」
 周りの数人に押さえられて、その男はボクに背を向けた。
  
  
 ――― 嫌な言葉だった。前にも聞いた事がある。あれは、父と“夢”の話をしている時。
「バカバカしい! 実験体に“名”など必要ない!」
 白衣の裾をひるがえして、吐き捨てるように言った後、その足音は部屋を出て行った。
 父が慌ててボクを見る。
「…… 実験体? ……」
 白衣が姿を消したドアと部屋の中の父を見比べるボク。
「お前の事じゃないよ」
 パタパタと手を振って、父がボクの名を呼ぶ。
「マモル……」
 その微笑みに安心して、ボクは笑顔を返した。 ―――
  
  
「必要ない!」
 眠りを妨げる大きな声で思わず目を開けると、白衣の男達から博士と呼ばれている男がボクを指差し震えていた。
 “感情”など必要ないのだと、ボクの目の前のガラスを叩く。必要なのは冷静な思考と運動能力と世界クラスの頭脳。
 そして、また、発する。
「実験体が……」
 ボクの事ではない、と父は言った。それじゃ、他に何かあるのだろうか?
  
  
 ――― 「言葉で説明……か」
 父がガラスの前で頭を掻いている。
「いいかい? “赤”というのはね……」
 燃えさかる炎の色だと父は言う。
「“赤”……“炎”……」
 父の言葉を繰り返すが、ボクには理解できない。
 父が言うには、ボクの視覚には“色彩”がないらしい。
「それも今後の課題だな……」
 呟き、何かをしたためる。
 “色彩”は必要なのかな?
「あるにこした事はないよ」
 そう言って、人差し指でコンコンとガラスをたたく。丁度、ボクの額の位置。本当は頭を撫でたいのだけれど、ボクはここから出られないから、その代わりだと笑う。
「例えばね……」
 言葉には色んな形容がある。その中でも“色”を例える言葉のいかに多いことか。
「杏子色に暮れていく夕焼け空をお前にも見せてやりたいよ」
 語り尽くした後に、父がふと遠くを見た。 ―――
  
  
 日に日にはっきりする意識の中、ボクは改めて部屋を見回した。
 白衣の向こうに沢山のガラスが見える。白衣が邪魔をしてよく見えない。が、ボクのものと同じくらいの大きなガラスケースみたいだ。
「どこがどう違うと言うんだ!」
 博士がボクの目の前のガラスをバンと叩いた。ボクは思わず手足を縮める。
「博士。ムダに刺激を与えるのは好ましくないと思われます」
 高い声の白衣がボクの前に立ちはだかる。
「黙れっ!」
 吼えるような声と同時に、博士の手がボクの前にいる白衣に当たった。
 白衣がボクの前から跳ぶ。
 何かがフラッシュバックして、ボクは動きを失った。
「博士!」
 白衣の束が二手に分かれ、倒れた白衣と博士を取り囲む。
「彼女の言う通りです。ムダな刺激は……」
 舌打ちする博士。
 白衣の“彼女”が、微かにボクに会釈をした……ように見えた。
  
  
 ――― 「もう少し大きくなれば、色んな事が分かるようになるよ」
 その時に語り合うのが楽しみだ、と父が笑う。
 よくは分からないけれど、父と対等に話が出来るようになるのは、きっと楽しい事だとボクも思う。
作品名:Endless Run 作家名:竹本 緒