変態王女と夕焼け姫
「お、お友達的な意味で!」
「フェディ、愛してるわ。式はベルーナとノースマン両方で上げましょう」
「もう意味が分からないですよこの流れぇ!」
王女様モード終了。いつものエイリーン様に戻ると、突然ガバッと抱きしめられた。
背中に両腕を回され、がっちりホールド。身の危険を感じずにはいられないが、当然逃げられない。
「ああ、わたくしの可愛い可愛いフェディ……。この夕焼けのような美しい髪も、宝石のような琥珀の瞳も、小さな胸も柔らかいお尻も、全てわたくしだけの物……。
ノースマン帝国王女の名にかけて、絶対誰にも譲らないわ」
「ちょ、離して下さいエイリーン様!匂いをかがないで下さい~ッ!」
「…………」
「え、エイリーン様ってばっ……」
「……本当は、貴女を無理矢理にでもノースマンに連れ帰ってしまいたいのよ。私がいない間に、貴女が誰かに取られてしまうかもと思うと不安で夜も眠れないわ」
「エイリーン様……」
ギュッ、と。
私を更に強く抱きしめると、肩に顔を埋め黙り込む。……ちょっと珍しいな、こういう弱々しいエイリーン様。
普段は恐ろしいくらい自信満々なお方だからこそ、たまに出るこういうギャップが少し可愛らしいと言うか……。
「……もー。いつもは強気でグイグイ押してくるくせに、どうして一度不安になるとすぐ弱っちゃうんですか」
あー、私もつくづく甘いと思う。
この人が少しでも弱さを見せるのが何となく嬉しくて、すぐ気を許してしまうんだから。
そっと私もエイリーン様の背中に手を回し、軽く抱きしめる。
「……フェディ」
「何ですか、エイリーン様?」
「……愛してる」
「はいはい……」
――フェディ姫が嫌だったら、突き放してしまっても構いませんよ。
昔エイリーン様の弟、アルト王子にそう言われた事がある。
姉は強引で貴女に対しては非常に我が儘なので、しつこかったらキッパリ拒絶して下さい、と。
しようと思えば拒絶なんて、いつでも簡単に出来る。……今とか。
でもそれをしないし、しようとも思わないのは、私自身がエイリーン様の事を、どこかで必要としているからなんだろうか。
本当は私も、エイリーン様を……
「……フェディ」
「は、はい、エイリーン様……」
「今夜は帰りたくないの。お願い、貴女の隣にいさせて」
「え、えええ……。ですがそれは、一応ノアや皆に聞いてみないと……」
「フェディ、お願いよ。わたくしこのままじゃ、城に帰っても何も喉を通らないわ」
「でで、でもぉ……」
「……フェディ……」
「そんな甘えた声出されたって……」
「フェディ……」
「………………」
「……ううっ……」
「わーっ!わ、分かりました!分かりましたってば!何とかノアを説得しますから、泣かないで下さいよぉ!」
ずるい!ずるいずるい!
エイリーン様を泣かせておいて、さっさと城へ帰れなんて言えるわけないじゃないですか!
本当にこのお方は悪知恵ばかり働く。どうすれば私が折れるかなんて、全部お見通しなんだもん……。
それが例え演技だって分かりきっていても、本当に動揺しちゃう私もつくづく甘いんだろうけど。
「あら、本当ね?なら後ほど、じいやに今日はフェディの所で休むと連絡しておくわ」
「……護衛も付けずに他国をうろちょろしないで下さいっ!」
本当にこの人は、ご自分の立場をしっかり理解しているのだろうか……。
いや、してるはずがない。していたら一国の王女様が、平和なベルーナと言えど護衛も付けずに一人でこんな所まで来るはずがない。
きっと今頃、エイリーン様の住むノース城は大変な騒ぎになっている事だろう。……いや、いつもの事とでも思われているのかな。それはそれでまずいけど。
「あーもう……。ノアにまた叱られます……。貴女を部屋に入れたら危険だから絶対二人きりにならないようにって、すっごく怒られたばかりなのに……」
真面目でお堅い近衛騎士の顔が頭に浮かび、大きな大きなため息をこぼす。ああ、また眉を吊り上げてお説教をくらうんだろうな……。
「あんな堅物女騎士の言う事なんて気にしないの。さて、それじゃあ……お風呂にしましょう、フェディ」
「ああ、湯浴みでしたらお先に……」
「さ、早く脱ぎなさい?それとも脱がしてほしいのかしら?あら、きっとそうなのね?もう、貴女は本当に甘えん坊なんだから。可愛い」
「ちょっともうっ……いい加減にして下さいこの変態王女ーーーーッ!!」
……その方と初めてお会いしたのは、もう10年も前になる。
癖一つとして無い、まるで夜空のように輝く黒髪。冷たさの中に優しさを映す、アイスブルーの澄んだ瞳。
幼かった私は、その端正な顔立ちの美しい少女を見て、心臓が両手でギューッと握り潰されるような感覚に陥った。
……うん。まぁそれは、今でも続いているんだけれど。
「ふふ。フェディ、愛してるわ。一日でも早く貴女がノースマンへ嫁いでこれるよう、わたくしももっと頑張らないと」
「……はいはい」
ああ、まただ。10年前から続く、心臓をギュッと鷲掴みにされるような感覚。でも不快じゃない。不快じゃないけど、……何か凄く恥ずかしい。
私がこのドキドキの名前に気づくのは、もう少し先のお話。
続く