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絶対外れる馬券術

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ぼくはまた詰まった。このときぼくの頭をよぎった考えときたら複雑で、とても一言じゃ言い表せない。間近に向かい合ってみて――つまり、今この瞬間に初めて気がついたのだけど、彼女、すごく魅力的なんだ。別に美人というのじゃない。それだったら、たった今まで気づかないなんてことはない。しかしこうして気づいてみると、どうしてこれまで気づかなかったかそれが不思議だ。なぜ気づかなかったのか、それについては後でゆっくり考えるとして、その顔。見つめられたらどんな相談でも聞いてしまいそうだ。けど相談と言ったって聞ける相談と聞けない相談があるわけで、聞くに聞けない相談ならばそれはできない相談だ。ここまでの話からしてどうもお金の相談らしい。そういう相談はありがたくない。それはそうと、この人、職場でこんな顔してたっけ。たった今気づいたんだが――えっと、いやその、なんだったっけ。

彼女は言った。「あたしには予知能力があるの」

「ふうん、そう」

ぼくは上の空で答えた。他に何ができるのかな。ピアノが弾けるとか、毛糸が編めるとか。

「なんの能力?」

「予知能力」

「からかってるの?」

首を振った。笑ってはいた。けれど、からかっているのではないらしい。

「あたしには予知能力があるのよ」

「へえ」

「信じてないでしょう」

誰が信じるものか。「で、相談って?」

「あのね。もし、未来のことがわかるとしたらどうする?」

未来のことがわかるとしたら? 考えてみた。できることはいくらでもある。凶悪な犯罪を未然に防ぐとか、社会をより良い方向へ導くとか、天災を予知して人々を救うとか。そんなことはチラリとも頭に思い浮かばなかった。ぼくが考えたのは、あれだ。

「なるほど。それで競馬の話か」

「そうなの。話を聞いてくれる?」

頷いた。彼女に対する疑念が消えたわけじゃない。しかしこの話に興味を持つなと言うのが無理だ。

「これを見て」

言って彼女が取り出したのはサイコロだった。いくつもある。普通の四角い立方体のやつもあれば、五角形を組んだ十二面体のものもある。テーブルの上に転がした。

「〈予知能力〉って言ってもね、たいしたことはできないの。よくテレビのドラマなんかであるじゃない、夢を見て次の日その通りのことが起こるとか」

「〈予知夢〉ってやつだな」

「そういうことはできないの。それから、たとえば今ここに飛行機が墜ちてくるとして、それを察知するというのもできない」

「なるほど――ええと、いわゆる〈虫の報せ〉というのも違う」

「あと、水晶玉なんか見て、人生がどうなるか知るなんてのもダメ」

「それはむしろ占いだろうなあ」

「うん、あたしにできるのは、これ」サイコロをひとつ取り上げて転がした。「知りたいことを念じてね、サイコロを転がす――そうして出た目が、あたしが知りたいことの答になってるの」

ぼくは彼女の振った賽の目を見た。黒い点がみっつ。3だ。

「これは何?」

「今のは、ただ転がしただけ」

「ふうん」こんな話がまともに聞けるか? 「たとえば、それ、どんなふうに役に立つの?」

「そうね。たとえばあすの天気が知りたいときとか。1が出れば晴れ、2だったら雨」言って彼女はサイコロを転がす。出た目は1。「あしたは晴れ」

「もういっぺん転がしてみなよ」

彼女はやった。また1が出る。「何度やっても同じよ」

「このサイコロ、イカサマなんじゃないの?」

「じゃあ、天気と関係なしに、ただ振ってみせましょうか」

サイコロを振った。出たのは4だ。

ぼくは言った。「また1が出せる?」

彼女は黙ってサイコロを振った。コロコロと転がって、〈ピンの目〉の赤い丸が出る。

見る限りでは、すり替えているようすはなかった。だが手品とはそういうものだ。

「おもしろいね」

「まだ信じてないでしょ」

それはもちろん。しかし、「なんでこんなことやってみせるの?」

「あなたがやれって言ったんじゃない」

「そりゃそうだけど……とにかく、それでなんでもわかるって言うんだね?」

「ややこしいことは無理よ。1とか2とか数字で答の出せるような単純なことしかわからない。それに、わかるのはせいぜいあしたのことくらいまで」

「それじゃあ――」あまり言いたくなかったが、そろそろ核心に触れねばなるまい。「競馬でどの馬が来るかなんていうのは?」

にっこりと微笑んだ。「もちろん、できるはずよ」

「はず? 『はず』ってどういうことさ」

「あたし、競馬知らないもの。どんな仕組みになってるの?」

「ええと……」

と言って、ぼくはラジオのスイッチを入れた。新聞の折りたたんだページを広げる。

「次のレースは……これだな。十二頭の馬が走る。一着でゴールするのがどれかわかる?」

彼女はサイコロを振った。十二面体のやつだ。出た目は8。

「一着は8ね」

ぼくはそれにマルをつけた。「二着はどう?」

またサイコロを振り出した。出たのは6。

「一着が8で、二着が6か」

ぼくは彼女に競馬のルールを説明した。どんな賭け方があって、どう戻りが違ってくるか。

しかし彼女は、「全然わかんない。このレースに賭けてるの?」

「いや、賭けてるのは後のメインレースだけ。その単勝――つまり、一着だけに賭けるやつ。いつもそうしてる」

「普通は連勝に賭けるんでしょ?」

「まあね」

と言った。でもシンプルなこの賭け方が好きなんだ。これでも当たれば結構入る。カネが欲しけりゃアリになって働くか、サギか何かをやっぱり働くかするべきであって、ウマでガッポリ稼ごうなんて考えはちょっとニンゲンが良すぎると思う。
作品名:絶対外れる馬券術 作家名:島田信之