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ゾディアック

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~ プロローグ ~


本質は それぞれガラスのかけらの中
その中を 存在の光がとおる
それぞれの淡い破片は 太陽に煌めく
幾千もの色に・・

ある時は 黄色く
ある時は 赤く
記憶はそれぞれ色を持ち
その色は心の奥を映し出す

けれども常に 光は1つ ―

これは私の心が捉えた 遠い記憶の物語だ


夢を見ていた、13歳の私は雲の上を飛んでいた。
誰かの背中に摑り、風になって 
「スーと行くよ」彼は私にそう言った。

目覚めるとまだ 空の上を飛んでいるような
甘美な幸せが 胸の奥からフワフワと浮いていた。
今もずっと消えない・・



サロンと言えば セレブな女性の集まるキラキラ華やかな美しいイメージを持たれやすいが
私の行く店は、ショッピングモールの片隅にある薄暗く退廃的な雰囲気の漂う・・
どちらかというと幽霊屋敷に近かった。
アロマの香りとヒーリング音楽が、行き交う人を陶酔の世界に誘った。

8月28日、帰る前店長のミオナが
「 今日は月食ですね。・・でも雨だから見えないかもですね 」と言った。
ウトウトしていた私は 顔を上げ
「 ああ、雨。だから客足が少なかったんだ・・ 月食? 」

客がいない時は 皆 受付の片隅で肩を寄せ合い 絨毯の床に座り込んでいた。
まるでコウモリの巣か、何処かの国のハーレムのようだ。

「 はい、今日は月食って言ってましたよ 」
店長のミオナは気性が激しく他の子からは怖がられていたが
年上の私には子猫のようになついていた。

「 月食なんて見たことないけど・・ 雨か 残念ね。・・じゃあお先にね 」
時間が来たので私は服を着替え、コウモリの巣穴から1人店を抜け出した。

外は雨「暇過ぎても 疲れるのよね」
ガラガラとエンジンをかけ、壊れかけた愛車を飛ばして帰った。

近所のスーパーに着いた頃には 雨は上がっていた。
駐車場に降りて、何気に空を見上げた私は ぎょっとした
どんよりとたちこめる重い雲の間から、見たこともない 大きな丸い月が不気味に赤く輝いていた。

「 あれは、一体何!? 」狼狽えながら空を見上げる私に 周りの人は誰も無関心だった。
「 なんで? 」私はミオナや友達のナアナに電話をかけた。
「 はい! 見てます! 」「 見てるよ! すごいね! 」2人ともそれぞれの場所で月食を見ていた。

暫くして 月は・・ 赤く怪しい光を放ちながら、ゆっくりと欠け始めた
細くなるに従って赤い月は 揺らめきながら暗い赤銅色に変わっていった
私達はそれぞれの場所に立ち尽くし、1時間以上も空を見上げ その成り行きを見守った。


翌日 目覚めると、いつもの朝でいつものように シャワーを浴びて モタモタと着替え
車のエンジンをかける。何も変わらない日常 
しかし何かが違っていた。

いつものように ギリギリの時間に家を出る。 この角で何時何分!この橋で何分!
この交差点で何分!出勤は毎日タイムアタックのようにスピードと時間を競った。
バロワァー!時速80キロを超えると タイヤの回転と振動は上がり、
車はギシギシと軋み出し 今にもバラバラに壊れてしまいそうだった。

ふと鏡を見てギョットとした。ミラーに映った私の瞳は赤銅色に変わっていた
「 何?これ! 」思った瞬間、ギャーーーッ!!甲高い女の悲鳴が聞こえた、
だがそれは悲鳴ではなく、脳を劈く激しい耳鳴りだった。
キーーーーン!頭の一箇所が鋭く冴え渡っていった。

前を見ると、信号は全て青 側道の抜け道も全ての対向車をかわしスムーズに抜けた。
景色はまるでスローモーションのように過ぎて行く
「 いつもは何回もひっかかるのに・・ 」
早い時間に店に着いた。

着替えていると サワサワサワ・・ 誰かが囁く声がした
「 え? 」後ろを振り返ると誰もいない。
更衣室のドアがあるだけだ。「 気のせいか 」

受付で客を迎える。20代後半の真面目そうなOLだった。
先に立って部屋に案内すると
通路脇の岩塩ランプの灯が揺らめいて 風が吹いて来た
「 窓もない部屋で・・ 」
サワサワサワ・・ また囁き声がした。私は聞き取ろうと耳を澄ませた・・

コノマエノ ジコハ スゴカッタワネ・・
アレハ ソクシ ダロウネ・・

バッと振り返ると 客が怪訝そうな顔をした「 この客じゃない。誰が話してるの? 」
側には誰もいない・・ その客と私だけだ。

セラピールームの戸を開けると 中から風が吹いてアロマランプの灯が揺れた。
キーーン・・また耳鳴りがした。 サワサワサワ・・ 
「 誰かが・・ 」部屋の鏡に映った私の瞳は赤銅色に変わった。


客を部屋に通し、オイルセラピーに使う 紙ショーツやシャワーキャプの使い方を教える。

クスクスクス・・ ミテミテ・・アレ、オカシイ
クスクス・・

囁き声は・・ 客には聞こえてないようだった。

「 では、ご準備ができましたら ベットにうつ伏せになってお待ち下さい 」
「 分かりました。 ありがとう 」

私は部屋を出た。頭がクラクラし、アロマの香りがきつく感じ 眩暈がした
「 どうしたんだろう 朝からおかしい・・ 疲れてるのかな 」

サワサワサワ・・  クスクスクス・・

オイルを取りに 受付に戻ると、今度は、全てが揺れだした!!
「 地震!?」テーブルや柱を触る「 揺れている!! 」
側にいるスタッフに聞いてみた「ね、今揺れてるよね!! 」

「 え、地震ですか? ・・??揺れてないですよ? 」
「 うそ、こんなに揺れてるのに!?てか、・・あんたの声もおかしいよ!アヒルみたいな声で喋らないでよ!あはは・・ 」
「 ひどいですよぉ、マリオンさん。私ふつうに喋ってますよ 」
「 え、ほんと?アヒルみたいな声だよ。音楽も、音伸びちゃって変な曲になってる・・ 」
ミオナが来た
「 マリオンさん、どうしたんですか? 」
「 ミオナも・・声、変だよ。それに今揺れてない? 」

皆は顔を見合わせ、困ったようにミオナが言った
「 揺れてないですよ、声や音楽も普通です。マリオンさん、大丈夫ですか? 私替わりましょうか? 」
「 ・・大丈夫。ちょっと疲れてるのかもしれない、明日病院に行ってみるよ 」

外は揺れていない・・ 私の身体が揺れているのだ。

サワサワサワ・・ サワサワサワ・・

囁き声もする とはとても言えなかった。


トントン「 ご準備はよろしいでしょうか? 」ドアをノックした。
「 はい、どうぞ 」ドアを開けて中に入ると・・ また風が吹いてきた。

私はぎょっとした。横たわる客のベット側の下に 女がうずくまっていた。
「 ヤバイ・・ 幻覚まで見えだしたよ。見えてない見えてない! 」
私はそれから目を背け、自分に言い聞かせた。
鏡に映る私の瞳は、赤銅色から深緑色に光り始めていた。

ラベンダーのアロマオイルを手の平に取り、客の白く柔らかな背中に滑らす
キーーーン・・振動と耳鳴りはますます酷くなり、音が伸びて聞こえる音楽よりも
ドックン!ドックン!ドックン!!今度は振動音が頭に鳴り響いた。

私は目を閉じ、深呼吸をして 客の背中に手を留めた。
ドックン!・・ドックン!・・ドックン!!
作品名:ゾディアック 作家名:sakura