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きみの影に僕は重なる

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きみの泣き声を僕は聞いた。
それは、僕の顔の横にある耳ではない。僕の心が聴いた感覚だ。
これも たぶん違っているだろうな。もう僕には感覚というものはないはずだ。
視覚も 聴覚も 嗅覚も 触覚も えっと あと何だったかな。そうだ 味覚だ。
もうないのだから ひとつくらい欠落していてもいいかな。

味覚といえば、最後に味わったのはどんな味だったかな。きみの作った鮭のおにぎりだったかな。きちんと 鮭を焼いて、少し焦げ目のある塩味の効いた鮭が入っていた。「海苔も巻いて欲しいな」と僕の注文したおにぎりは、きみの手の大きさにまとまった三角形をしていた。だけど 何処に白飯があるのだろうと思うほど、海苔で包まれた海苔色のおにぎりだった。でもおいしかったよ。最後の味は 海苔だったかもしれないな。

何処で食べたかな。そうだ 住宅地の中にある小高い地形の公園だ。
どうして こんなところに小山の公園があるのかと思ったことがあったが、きみは、的確な答えを僕に言ったね。
「この山の周囲を削って住宅ができたのでしょ」
確かにぐるりと住宅が見渡せるし、小高い地形の公園を半周囲むように道はあるが交通の機能はなく、その辺りに暮らす人の散歩用といった感じだ。

風が吹いていたよね。寒くはなかった。長袖のシャツを肘の辺りまで捲っていた僕の皮膚に心地良く風が触れていった。
何の話をしていた時だったか、きみの掌が僕の腕に触れたんだ。柔らかくて風よりも優しい感触だった。その手を捕まえようと手を伸ばしたら、きみのもう片方の手が僕の手を掴んでいたね。それって止められたのかな。反射的とはいえ、僕は、言葉を忘れてきみを見てしまった。
「ごめん」
きみは 悪くないのに下を向いてしまった。その横顔を思い出すよ。可愛かった。

それなのに 風は悪戯をする。僕がきみを見つめているのを邪魔するかのように髪を揺らして、きみの横顔を覆った。何度かきみは、その髪を耳にかける仕草をするのだけれど
きみの肩にかかるさらさらのストレートな髪は、はらはらっと垂れ落ちる。
僕は、その髪に触れてもいいかなと遠慮がちに持ち上げてみた。そのまま耳にかけるように流してみると、きみの首筋が目の前に見えて どきっとした。
「んふ、すぐにおっこちてきちゃうね」
僕の気持ちは 既にきみに落ちてしまっているよ、なんて言わなくて良かった。
そのかわり、その距離は きみの香りをわずかに感じることができた。

僕は、この景色をどう思うかときみに尋ねた。僕は気に入っている。きみもそうだといいなと思った。
「うん、好き」
はぁ… その台詞を違う質問で訊いてみたいな。
(僕のこと どう思う?) なんていうのは 普通かな?
きみの声が 僕の雑音ばかり拾うこの耳を清めてくれているようだ。もっと何か聴かせてよ。たぶん僕は きみが合唱をしていても 聴き取れると思うよ。それくらいの自信だ。

ねえ、今 僕はどうなっているのかなぁ……。

何処かの河を 渡ってる?
長い階段を 昇ってる?
煙のように 揺らめいてる?
天井辺りから 見下ろしてる?
今 頬に降ってきたのは 雨?

暖かな陽射しが きみを照らし、きみの立つ地面に影を描いたら、僕はその影に重なろう。
きみの影から外れないように……。

手を繋ぎ 寄り添って 抱きしめて キスもしよう。
きみは 僕だということに 気付いてくれるかな。
五感では わからない 六番目の感覚で 僕を感じて欲しいな。



僕の目の前から 明るい光が溢れている。
僕の開かない瞼を 光が突き抜けてくる。

ガクンと 奈落に落ちた。

「起きた?」

僕は、僕は、僕は……。

「行くよ」
「はい」

情けない。

夕暮れ前の陽射しが きみの影を きみの後ろ側に作った。
数歩遅れて歩く僕は、きみの影に重なり 手を繋ぎ 寄り添い 抱きしめ キスをした。

「ねえ 何してるの?」
「何でもないよ」

僕はキミの影に 影を重ねる。


     ― 了 ―
作品名:きみの影に僕は重なる 作家名:甜茶