小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
みやこたまち
みやこたまち
novelistID. 50004
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

ミヨモノリクス ―モノローグする少女 美代の世界

INDEX|14ページ/15ページ|

次のページ前のページ
 

十一月 廃虚



 あの入り口が塞がれた。塞がれてしまうと私はかえって、もうあの蔵には二度と入るまいと思う。鍵を使って蔵の入り口を開けることに何の意味があるというのだろう。私はすでに、薄暗い隔絶された所にいるのだ。今更、その囲いをもう一つ増やしたところで、何になるというのだろう。

 目映いほどの光の中で、さらにもう一本の蝋燭に火を点すことに、何の意味があるだろう。点された蝋燭は、なんの存在価値もないままに溶けて果てるだけではないか。それは完璧な徒労だ。蝋燭は、ただ風に吹かれて倒れる事のみを夢見る。光の眷族ではなく、炎の一族として蝋燭はあるのだから。

 私は、蝋燭のようなものだ。私がこのままこの身を溶かしつつ炎を点し続けたとしてもそれは、全く何にもならない。姉さんが痴話喧嘩したり、美しい尼が一人出来たりするくらいのものだ。天上にかすかな煤跡を残し、飛んでいる羽虫を焦がしたりするくらいのことしか出来ないのだから。

 無数の蝋燭がぎっちりと並べられた卓上の一番端の、細い一本の蝋燭が私だ。遠くから見れば、そこに私がいるなんてことには気付かれもしない。それが、消えたとしてもやはり気付かれもしないだろう。

 蔵は蔵でしかない。そこは開かれることの無い隔絶した世界で、そこに至る為の呪文は私だけが知っていた。しかし、今はそれさへ封じられてしまった。塞がれた井戸は、かつてそこで冷やされたラムネや西瓜と同じく、もう決して戻らない過去の世界へと押し込めらてしまった。井戸を塞ぐという行為によっていかに多くの物を永遠に失うこととなったかを、誰も分かろうとしない。このようにして私の夏は完全に絶たれたのだ。

 仕舞うことを惜しむあまり、すっかり色褪せた風鈴が音をたてる。それは、夏のレンズのような大気の中ではあれほど不思議な音色だったというのに、この馬鹿みたいに澄み渡った秋の空気の中では、薄っぺらなものになってしまった。ゆらゆらと揺らめいていた世界は、鮮明な、超リアリズムの絵画のように嘘臭い。空はどこまでも高いけれど、手を伸ばせば案外天井に届きそうな気がする。息をすると、落ち着きを帯びた混じり気の無い気体が体の内部を分解していく。何も無いものを取り込んで、私であった何かを吐き出していく。こうして私は秋に同化していく。私の体に秋が満ち、私の外にも秋がある。ただ一枚の皮膚と、相変わらず私を包む皮膜だけがかろうじて私の形をしている。私とは、この薄っぺらな境界でしかない。内と外とが等価になったら、境界の意味なんてない。彼岸と此岸の間には必ず差異がなければならないのに、私はもう、蔦の絡まる巨石古墳だ。終わった存在なのだ。
 私は泣いている。この涙にまで、空の青が映っている。私は、再び蒲団を被り、祈るように背中を丸める。この背中の痺れだけが私の証拠なのだ。ここから真っ白な羽根が生えたとき、私はこの秋を飛び越えてどこまでも飛んでいくのだ。地上にへばり着いている人間達の無様さを高いところから笑える時がきっと来る。私は笑うことで私を証明するのだ。世界は私に笑われる為にあるのだ。


 食事を採らないので川井の機嫌が悪い。母親の機嫌も悪い。私のせいだ。
 私だって好きでこんなふうに生まれてきた訳じゃない。私がこんな風になったせいで一番割りを食っているのは私なんだ。親だって川井だって姉さんだって、匙を投げれば終しまいだ。でも、私が私に匙を投げることはできない。
 だったらせめて、こんな私を私一人くらい愛してあげなくては悲しいじゃないか。
 私は学校に行かれないし、友達もいない。みんなのお荷物で、私自身にとっても大荷物だ。教会へ行けだの、カウンセリングを受けろだの催眠療法があるだの、みんな自分がちょと慈善心を持ち合わせているのだということを見せたいだけだ。この世界では、誰かに頼ったらかならずその代償を請求されるということには目をつぶって、好意の押しつけばかりする。相手はそれで満足だろう。それで疲れるのはいつも私だ。そんな好意からは、肉の匂いが漂っている。そして断ると怒るのだ。落伍者は弱々しくて素直でなくては受け入れられないのだ。私は彼らのペットではない。
 秋はいつもこうだ。この秋の透明で暗すぎる影の中には、私の入る隙が無い。

 衰弱して倒れたら、点滴だの流動食だのを突っ込まれることになる。そうなったら彼らの思う壺だから、夜中にこっそりと冷蔵庫を物色する。川井は私のことを知り尽くしているから、栄養剤だの、生野菜だのを冷蔵庫に貯えてあるのだ。私は川井の好意にすがりながら、意地を張っているだけなのだろうか。川井は、私が倒れることで責任を負わされることになるのが面倒なだけだ。川井の作戦がこの冷蔵庫の中身で、私はまんまと術中にはまっている。でも、川井が自分の役割としてではなく、私を見くびるような態度で私に接したら、私は川井を殺す。この世を代表する身近な人を一人一人追い込んでいくことが、私に残された唯一の抵抗なのだから。

 私は世界に益を成す存在ではない。だから害を成す存在になるしかない。私を見くびる人間から、その報いを受けてもらおう。私はただ、生きているという証拠が欲しいだけだ。
 こういう私の存在を許した世界に対して、私に可能な方法で、それを実行していくことのどこが、いけないというのだろう。