小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

欲望の方舟 ~選ばれしモノたち~

INDEX|16ページ/96ページ|

次のページ前のページ
 

誕生


『愛媛県 ひめきんホール』 十二月一日 夜


 松山市にあるこの多目的ホールは、約3000人の観客で埋め尽くされていた。テレビやネットで話題になっただけあって、テレビ関係者や報道陣も多く詰めかけた。
 何故かマスコミ関係者を全てホールに入れるという、異色のコンサートが今始まろうとしている。開演は七時ということもあり、ここは開場前から熱気に包まれていた。マスコミは噂の神村洋子の登場を、今か今かと心待ちにしているに違いない。
 最前列の席には東西新聞の三枝美香の顔も見える。どの新聞社よりもてきぱきと部下のスタッフに指示をしている。彼女はこの日のために二日前から愛媛入りして、東京本社とのリンクを万全なものにしていた。
――ついにその幕が開く。
 華やかなスポットライトが音楽と共に交差するかと思いきや、暗闇の中でひと筋のライトに照らされて、一人の男が颯爽と登場する。殿様のような金色の和服が、ライトを反射して眩しすぎるほどだ。
 演歌の大御所、舟木浩一本人の登場に美香は少し驚く。コンサートの始まり方としてはかなり地味だが、これも何かの演出なのだろうと思った。きっとこれから煌びやかな照明が走り、派手なオープニングソングが鳴り響くに違いない。
「お集まりのみなさま。舟木浩一と申します。突然ですが、ただいまをもちましてぇ……」
 イタズラっぽい顔をして、思いっきりタメた。
「日本国に、独立宣言いたします」
 一瞬遅れて会場からは嵐のような拍手と歓声が上がった。美香は頭の中が真っ白になって舟木の言葉が全く理解できなかった。終わらない拍手と歓声の中、ステージ後ろの巨大スクリーンに四国の全体図が映し出される。
「こちらをご覧ください。見てお分かりのように、今からこの四国は『エターナル』という名前の国家になります」
 集まった観衆とマスコミを見回すと、満面の笑顔で拍手が収まるのを待った。
「次に、エターナルという国家についてお話します。この国は基本的に自給自足であり、今までの日本の通貨は使用しません。しかし混乱をさけるため新しい通貨を流通し、主にIT産業や水産業などを軸として、隣の日本国を含む諸外国と交流して行きたいと思っています」
 会場はしーんと静まり返り、咳払いひとつ聞こえない。マスコミさえも誰も声を発しない中、舟木は続ける。
「新しい通貨は純金チップでできているため、その価値は高く、世界中で問題なく使用できる環境を作っていけると思います。なお既に東南アジア諸国とは交渉済であり、明日からでも使用できるようになっています」
 会場からはため息と、感嘆の声が漏れる。
「観客席のみなさまは“既にご存知の通り“今日をもってエターナルの国民です。今までの身分証や免許証、パスポートなどはこの場で破棄してもらっても結構です。今からは日本国に税金を納める必要はありません! みなさんで力を合わせて、生まれたばかりのこの国を平和で住みやすい環境に作り上げて行きましょう!」
 激しい拍手とともに観客全員が立ち上がり歓声をあげた。中にはハンカチで目を押さえながら号泣している者もいる。今度はしばらく拍手が鳴りやむことはなかった。舟木はうん、うん、と頷きながら片手をあげて拍手を制した。
「それでは、せっかくマスコミの方たに集まっていただいたので、一曲終わったあと十分間のみ質疑応答の時間を設けたいと思います」
 可笑しくてたまらない顔をして、神村洋子を大声で紹介した。
「では歌っていただきましょう。曲名は、『さようなら、ニッポン』です!」
 神村洋子は舟木の代わりにステージ中央に立った。イントロが流れて来たが、もちろん誰もこの曲を知らない。
 この歌手の取材とその映像をわざわざ撮りに来たマスコミだが、今は誰も神村洋子に興味を無くし、必死な形相で質問を考えている。なにしろこの曲が終わるまでには質問をまとめなければならない。知らない歌なんて聞いている余裕は無かった。
「しぃーまぐにぃからぁぁぁ、あなたの元にぃぃぃぃー」
 華やかな着物をきた神村洋子が、真っ赤な顔をしてこぶしを回して歌っている。
「お父さんな、この人ほんっとに知らないぞ。お前知ってるか?」
「ごめん、あたしも見たことない。でも、みんなちょっとは期待してたよね。お母さんは?」
「歌……ヘタよねえ」
 美香のすぐ後ろの席から家族の会話が、ふとした拍子に彼女の耳に飛び込んできた。
 歌が終わりパラパラとまばらな拍手の音がした後、質疑応答の時間になった。
 次にステージに立ったのは太田勝利だ。だが彼は自己紹介をあえてしなかった。正面からマスコミをまっすぐ見据えた鋭い眼の光は、何かカリスマ性を感じさせる。
 各社から一番多かった質問は、「元から住んでいる住民はどうするのか」だった。もう想定していたかのように太田は口を開く。
「元から住んでいる人には選択権を与えます。エターナルという国家を作るにあたって、あらゆる方面から巨額の資金提供がありました。ここから出て行くのも残るのも自由です。出て行く人たちには、他の土地で暮らすための潤沢な資金を与えます」
「すいません! 東西新聞の三枝ですが、日本国は当然この独立を容認しないと思います。もし武力交渉してきたらどうするおつもりですか?」
 美香は手を大きく挙げ質問した。
「もちろん武力に対する備えはあります。ですが、攻撃されない限りこちらから攻撃することはありません。どんな国家でも自分の国を守る権利はありますから」
 あとから問題になりそうな答えだったが、落ち付き払った様子で答える。
「次に、エターナルの目的とは何ですか? 独立することによって住民はメリットがあるのでしょうか?」
「残念ながら今はお答えできません。おいおい明らかになるでしょう」
 ちらっと時計に目を走らせた。
「では、マスコミのみなさん。そろそろお時間になりました。この後は、エターナルの総会になりますので速やかにお引き取り下さい」
 そういうと、くるっとスポットライトに背を向けた。        
「最後に! あなたのお名前は?」
 美香は声を振り絞って彼の背中に声をぶつける。
「太田です。太田勝利です」
 歩みを一瞬止め、振り返って彼は笑顔で答えた。
 警備員に背中を押されるようにして会場から追い出されながら、美香は手帳に名前を殴り書きした。外に出るとすでに中継車が到着し、各社リポーターが会場で起こったことを興奮した顔で生中継している。
「首相官邸からのコメントがあるかもしれないわ。私はすぐ東京に戻るけど、あとのスタッフはここに残って太田勝利という人物を詳しく調べて」
 前代未聞の大ニュースを、他社に出し抜かれる訳にはいかないのだろう。美香はそう言い残すと車に乗り込み、ドアを閉めるのもそこそこにタイヤを軋ませながら急発進した。

 翌朝――テレビのニュースは、エターナル関係の話題で持ちきりであった。現地からの生中継もさることながら、緊急特番が各局で組まれ、政治家や有識者が興奮しながら討論していた。いまだかつてない衝撃の独立宣言に日本国民は驚き、また期待にも似た感情を持っていることが街頭インタビューの映像からでも分かる。