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雪、降ったね。

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「雪、降ったね」
年末まであと数日。軽い手提げバッグを机の上に放り出すように置いたときだ。
隣の席の美香子が 声をかけてきた。
今日は、二学期の終業式。軽い手提げバッグは、帰りにはその何倍の重さを詰め込むのだろう。それにだ、今日は 月曜日。どうせなら先週末の土曜日にでも繰り上げて終業式をしてくれればいいのに しっかりと土曜日、日曜日といつもどおりに 学校は休みだった。
「おう、おはよ」
僕は、決められたタイムカードを押すように 言って返した。
「何よぉ。も少し何かないの?」
何かと言われても 雪は降ったが ほんの少しだけの予行練習程度ですぐにやんだ。
「おう、降ったな」
「ねぇ、言ったでしょ」
美香子は、体までくねりそうな声を出して 自分の机の端に腰を凭れさせ、僕の席のほうを向いた。

美香子が言ったというのも先週の金曜日の帰り道のこと。空を見上げて歩いている美香子に「何やってんだ?」と声をかけたら「明後日雪降るよ」って預言者のようなことを言っただけだった。ほうぉと(何で明後日の天気がわかるかよ)くらいに聞き流して追い越した。だから、日曜日の日に雪がチラついた時には、少々驚き、「すげぇー」なんて声に出してしまった。もちろん そんなことは美香子にいうつもりはない。

「それ、全部詰め込んで帰るんでしょ」
「まあな。三学期に教科書は焼却炉の灰となりましたじゃ、一応 まずいしな。担任、普段は置き本見逃すくせに」
「おっと、真面目発言ね」
「あったりまえだろ。ってさっきから何だよ」
「ん? うん……」
美香子は、少し下を向いて、日頃は見せないようなはにかんだ笑みを浮かべた。
「今日ね、帰り、一緒に帰らないかなって思ってさ」
「何、それってこの荷物持つの手伝ってくれるってこと? そりゃ助かるわぁ」
僕は、そんな他愛もない台詞を返したものの、胸の奥に いつにない衝撃、喩えるなら直径三センチくらいのラップの芯みたいなもので ドンと突かれたような感じがした。
それは、この美香子の言葉に反応した得体の知れない感情の仕業なのだろうか。
「それでもいいよ。じゃ、じゃあ、ホームルームが終わって二十分後に東門ね」
「二十分後? そんなに掛かるのか? 東門なんて ほんの…」
「いいの! じゃあ先に講堂へ行ってるからね」
そう言うと 美香子は、全体で終業式が行われる講堂へと教室を出て行った。
(何だ? 東門なんて五分もありゃ行けるだろ。全くわからん)
僕は、教科書をバッグに詰め込みながら 何処かで答えを出そうとしている思考をその教科書といっしょにバッグに詰め込んでいたような気がした。

つまらなくも、決まりきった進行で進められる終業式の間も 時々頭の中で美香子の事が浮かんだり、忘れていたりした。数人前の斜め横の美香子が ふと振り返ったときには目が合うかとどっきりしたが、後ろの女子に背を突かれて振り向いたようだった。
教室に戻ってホームルームの間も 美香子側の横を向くのは意識した。

自分自身が不思議だった。
どうしてこんなに急激に意識をしてしまうようになったのだろう?

「じゃあ諸君 来年、新年明けてまた会おう」
相変わらず 調子の良い担任のひと言で 皆、席を離れて行った。美香子も早々と教室を出て行った。僕は、重たい手提げバッグと入りきらなかった大きめの教科書を二冊抱え、席を立った。蜘蛛の子を散らしたように… いや違うな… 排水口から流れ落ちる水のように… これも可笑しい… ブラックホールに吸い込まれるように… はぁ、まあ何でもいいや… 僕は、最後の二、三人と最後を競うように廊下へと出た。
廊下は、ひんやりと冷たい空気だけが詰まっている気がした。
どう歩いても 靴を履き替え 東門へ辿り着くには時間が余り過ぎる。廊下のやや高めの窓から外を見る。遠くの空に広がる雲は、此処を包み込もうと迫ってくるように見えた。
作品名:雪、降ったね。 作家名:甜茶