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スーパーカミオ患者様

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獣婚の話はここまでにして、少子化対策に貢献できない人たちへの配慮も声高に叫ばれるようになった。子どもができないカップルが出産や育児の手当をもらえないのは逆差別であり、人権侵害だという人権派弁護士の主張によって、同性婚や自婚で子どもができない人たちにも十分な手当が支給されるようになった。自婚の場合にはさらに「自分」という家族分の扶養控除が認められる。「そんなことをしたら、独身の男女が増えて少子化対策ができないだろ」なんて野蛮な意見は、訴訟やネット炎上が怖くて、今では国会議員も有識者もマスコミも誰も口にすることができないのだ。

また、性適合手術は簡単な審査によって保険診療で容易に受けられるようになり、男女の間を何度も行き来する人も増えた。男性と結婚したと思ったら、今度は女性と結婚したり、またまた男性と結婚したりする。他人から精子や卵子の提供を受け、次々と血のつながりのない子どもを授かっている。

自婚以外にも、生涯独身で過ごす人たちの数は非常に多くなっている。生涯独身のまま精子バンクで受精するシングルマザーも増加した。価値観の多様化に加え、恋愛を巡る訴訟(「デート中に手を握ったら、セクシャルハラスメントで訴えられた」「上司が部下に告白したら、パワハラで訴えられた」「お互い同意の上でラブホテルに行ったのに、セックスしたら強姦罪で訴えられた」など)の激増によって、現在では性別を問わず交際や結婚という行為が困難になりつつある。

富裕層の中には、遺伝子工学の技術で自分のクローン人間を多数作成する人も現れた。結婚という制度で人間を縛ること自体が、基本的人権の侵害だという意見も日に日に大きくなっている。家族制度という概念は、とっくに崩壊しているのだ。

その一方で、改善の兆しの見えない少子化問題を食い止めるため、出産や育児への手当は大幅に増加した。その結果、下手に就職するよりも、生殖年齢の間は仕事をせずに子どもを産み続けることで、裕福な生活を送ることが可能になった。「出産・育児」をみずからの職業として公言する女性も登場した。そのコンビネーション、すなわち一流企業に就職し、充実した産休と育休を最大限に利用し、生殖能力の落ちる40代以降も生殖医療を最大限に利用して生み続け、国からは児童手当をガッツリもらい、企業からも満額の報酬をもらいながら、結局は最初と最後の数年間しか会社には行かないという生き方が、若い女性たちのあこがれの生き方として女性誌に紹介されることもある。

もちろん、組織的な出産ビジネスも登場している。生殖年齢の女性を大量に雇って次々と妊娠させ、その子供を買い取って自分の養子に迎え、自治体からの諸手当でボロ儲けをするというブラックビジネスも誕生した。こうして生まれた子供たちは、不衛生な環境で「飼育」され、満足な食事も教育も与えられず、手当てが支給されない年齢になると放置される。その後は生活保護で生きていくことになる。あるいは離婚した夫婦から見捨てられた子どもを数百人単位で集め、山間部や離島の廃校になった小学校を買い取り、学校には通わせず共同生活をさせ、独自の教育を施す慈善団体も現れた。彼らの中には営利目的ではない者も存在したが、政治的に偏った思想を子どもたちに植えつける集団もあり、往年のサヨク系ゲリラやヒッピーが形を変えて生き延びているとの指摘もなされている。イスラム国や由井正雪のように国家転覆を図る指導者(里親)まで現れた。

また最近では、不完全なクローン技術で生命体とはいいがたい自分のクローン人間を大量に作成し、それを自分の嫡出子として届け出た科学者が、児童手当の受給を求めて国を相手取っての裁判もしている。「培養した細胞の1つ1つにも人権はある」というのが、擁護派の意見だ。

さて、いよいよ本題の医療の話に入ろう。医療現場も過剰な個人情報保護の荒波の中でおかしくなっていった。平成30年頃より、個人のプライバシー保護ということ理由から、現在どういう薬を内服しているのか、これまでにどういう病気にかかったことがあるのか、どういう手術を受けたことがあるのか、どういう食品や薬品にアレルギーを持っているのか、そういう情報を医療機関が患者から聞き出せないという非常事態が続いた。無理に聞き出せばプライバシーの侵害で訴えられ、訴訟になれば医療者側が確実に敗訴した。

それにもかかわらず、医師には患者の病歴やアレルギーなどを正確に把握する厳しい義務が課されており、万が一見落としなどで医療事故が発生すると、最低でも数億円単位の慰謝料と、死刑判決を含むきわめて厳しい刑事罰が科せられるようになった。

そのような医療事情を悪用し、重い病気やアレルギーがあることを申告せずにわざと医療事故を起こさせ、重い後遺障害が残ったとして多額の慰謝料を請求するブラックビジネスも誕生した。

その一方で、対照的に患者が自分から個人情報を正しく医師に伝え、医師からの質問にも丁寧に回答し、良識ある態度で受診に応じる医療機関も依然として存在している。それは都内の会員制高級クリニックや、首都圏のブランド病院と呼ばれる医療機関である。富裕層の患者だけを対象にしているこれらの医療機関では、昔ながらの医者と患者の信頼関係が維持されており、患者の素性が分からないという事態も生じていない。良識ある患者が集うこのような医療機関は、医療従事者の間では「ノアの箱舟」と呼ばれ、荒廃が進む地方の「医療現場から逃げてきた」多くの優秀な医師が助けを求めて殺到した。

「医療現場から逃げてきた」というと、医の心を失った卑劣な行為に思われるかもしれない。だが、私はこれも仕方のないことだ。個人情報保護も過激になり、美容整形手術の技術も著しく進化し、本当に誰が誰だか分からない状況では、患者取り違えなどによる医療事故やそれに付随する訴訟を恐れて医師がノアの箱舟に逃げ込むのは当然なのだ。特に過疎化地域やスラム化が進む地方都市の開業医は、個人情報の収集能力が低いことに加え、危機管理対策や防犯対策が十分取れないため、モンスター患者や海外からの窃盗団のターゲットにされることが多く、しばしば命を落としていた。

役所や警察でも、同じような現象が起きていた。個人が特定できないため業務がまったく遂行できず、人違いのトラブルとそれに伴う高額の訴訟が激増し、現場は悲鳴を上げていた。今や、指紋や声紋さらには虹彩でさえも、簡単にコピーできる時代なのだ。

そこで平成35年、民自党政府は個人識別法を改正し、全国民の両手両足と頭蓋骨の5か所にICチップを埋め込み、指紋や声紋も登録し、個人が認識できる制度を導入した。
作品名:スーパーカミオ患者様 作家名:真田信玄