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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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私をスキーブームの時代に連れてって

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 腕時計を見ると時間は、午前六時。すでに明けている。アキラは、車に出てから、体がふらふらしているようだ。それもそのはず、五時間以上も深夜ドライブをしていたからだ。何を期待していたのか、張り切ってドライブしていたのはいいものの、着いた途端、眠気が襲ってきたようだ。
 涼子は、横目にふふうん、と眺めいた。涼子は、車の中でぐっすり眠ったので、今は目が覚めすっきりした状態だ。気付いたことは、ここが、名古屋よりずっと寒いことだ。冬が終わりかけ、春の兆しが見え始めた名古屋と違い、ここはまだ真冬のようだ。涼子は、ジャケットにミニスカートだったため、高地の低温が肌身にしみたが、それがかえって目を覚まさせ気持ちを高揚させた。
 玄関に入り、フロントに向かう。ふと、涼子は驚いた。中が暗い。もちろん、早朝であるが、それなりの規模のホテルである。フロントの明かりのみが点いていて、ロビーは真っ暗で、窓からの弱い日光が僅かに中を照らしている。普通のホテルなら、照明をつけ、全体を明るくするものだが、何だかまるで、経費節減で電灯を遠慮している感がある。
 暗くてひっそりした雰囲気のロビーを越して、フロントに行き、
「あのう、お部屋空いてますか、二人で泊まりたいのですが」
とアキラ。しどろもどろな口調になっている。
「ええ、空いてますよ」
とフロント係の女性は感じよく答えた。待ちに待ったお客さん歓迎という表情だ。
 アキラは、さっと財布からクレジットカードを差し出す。チェックインの手続きを済ますと、アキラは部屋のキーを持ちながら、部屋の中へ。キーの番号は二〇四だ。部屋は和室で、窓から白銀の世界が眺められた。
 涼子はアキラに言った。
「ねえ、ちょっと横になったら、疲れているようだし」
 涼子は座布団を指差し、そこに横たわるように促した。すると、アキラは、さっと畳の上に横たわり、座布団を枕にすると、一気に爆睡状態に入った。
 やったと涼子は思った。これでいいのだ。さっそく、キーを持ち出し、廊下に出て、フロントに向かった。
「すみません。スキーウェア、スキー用具をレンタルしたいのですが、それから今日のリフト券も買います」
と部屋のつけとなるようキーを差し出し話しかけた。
 フロント係は、ロッカールームに案内し、スキーウェアをまず貸し、そして、スキー板、ストック、ブーツ、ゴーグルを貸し出した。
 涼子は、ふとしたことに気付いた。スキー板が映画で見たのとは違う。やや短めで、反り上がった先端がとんがってなく、丸みを帯びているのだ。
「これって、スキーに連れてっての映画で観たのと違うような」
という言葉を涼子が思わず発すると、フロント係の女性は、
「ああ、それは二十年以上前の映画でしょう。これは、十年ぐらい前に出たカービングスキーという種類で、カーブをしやすくするため改良されたもので、今ではこれが主流です」
と答えた。
 なるほど、そんなものが出たのか、と涼子は思った。もっとも、生まれて初めてのスキーをする涼子にとってはどちらでも構わなかった。
 スキーウエアを身につけ、ブーツを履き、そして、ストックと板を持ち歩き、外へと出た。早朝であったが、何でも、この日は、シーズン最終日で、早朝の午前六時半からリフトが稼働して、滑走ができるという看板が出ていた。
 涼子は、板を置き、ブーツをはめた。映画を思い出しながら、ブーツを板にはめ、ゆっくりとストックで自分を押し出した。押し出し、何とかリフト乗り場のところにまでゆっくり滑りながら近付いた。

 意外にも簡単だ。涼子は、子供の頃から運動神経のいい方だ。バランス感覚は優れている方だといわれる。だから、すんなりと怖がることなく、生まれて最初の滑りが立ったままこけることなく成し遂げられた。ゆっくりだが、気持ちよかった。白い雪の上とは、こんな感覚なのかと、生まれて初めての感覚に驚いた。この調子で、うまく滑っていければいいがと思った。
 リフト乗り場に着いた。腕にリフト券をワッペンのようにゴムでとめている。それを入り口のバーコード・センサーに近づける。リフト券のバーコードが反応して、入り口の扉バーが開かれた。涼子はストックを地面につけ滑りながら入る。すぐにリフトの椅子が来た。回転リフトは動き出したばかりで、涼子の前にリフトに乗ったものは誰もいず、閑散としていた。シーズン最終日で早朝、なのだからだろうと思った。
 リフトが山の頂上に着いた。

 リフトをさっと降り、数メートル流されるように滑り、平坦な丘の上で止まる。丁度、志賀高原全体が見渡せるような位置だ。
「上級者コース」という看板を目にした。
 ここから滑れるのかと、目を落とし、眼下の下り坂を見下ろした。
 うわあ、急だ、とっても急な傾斜だ。まるで崖から落ちるような急な勾配だ。見ただけで身の毛がよだつ。初心者の初心者である涼子には無理だと思った。
 そうだ、もっと緩やかなコースはないのだろうか。別の看板に矢印があり「初級者コース」と書いてあったので、そこに向かった。
 初級者コースは、最初に見た上級者コースとは大違いで、顔を普通に上げたそのままの目線でコース全体が眺められる程なだらかな勾配であることが分かる。これなら、何度こけても大丈夫。また、真っ直ぐなまま滑っても問題ない。ひとまず、練習としてこのコースを何度も滑ってみようと考えた。
 さっと、滑り出す。板はゆっきりと動き出す。だが、だんだんとスピードも上がってくる。そうなると涼子は、やや腰をかがめぶれないように姿勢を整えた。真っ直ぐするりと滑り降りた。
 何だ簡単じゃない。涼子は、自転車に初めて乗った小学生の頃を思い出した。サドルに乗った瞬間から、自転車はするりと動き、バランスが崩れて左右に傾くことなく、それ以来、自由自在に乗れていた。このバランス感覚は生まれつきのものだ。父の遺伝のためだろう。母は、父の滑る姿に惚れて、ここで付き合いが始まったと言っていたのだから。どんなに格好良かったのだろうか。
 涼子にとっては、母と自分を捨てたにっくき父親としてのイメージしかない。会社勤めをしていたときは、疲れた表情ばかり見せ、何かと愚痴ばかり。何だか人生がつまらなそうな人だった。会社をリストラされてからは、もぬけの殻で、何もかも失い、母と自分を罵ることも、嫌な思い出ばかりだ。母は、それでも父のことを悪く言おうとせず、時に父と出会った志賀高原の思い出を涼子に話し、「スキーに連れてっての映画の主人公のようにプロのような腕前だった」と。でも、信じられない。あんな父が、このスキー場をさっそうと滑っていたなんて。それに今の今まで、スキーに連れて行って貰ったことがなく、そんな姿を目にしていないのだ。そもそも志賀高原は母の生まれ故郷。それなのに、どうして一度として連れて行ってくれなかったのだろうか。父は自慢のスキーの腕を披露できただろうに。
 かねがね持っていた疑問を、涼子は思い返し、リフトに乗って初級者コースを何度も滑った。
 次第に真っ直ぐではなく、ややカーブを描きながら滑るようにした。何度かこけたが、すぐにこつが掴めた。スキーとは実に簡単なスポーツだ。