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関西夫夫 カツ丼

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転勤族だった父親のお陰で、日本をあっちこっち移動させられた。割と関西圏が多かったから、言葉は関西弁が定着した。とはいうものの、関西の各地域が、俺の言葉には満遍なく混ざっているらしい。一都市固定の水都に言わせると、大阪だけでなく奈良やら兵庫の日本海側辺りまでが網羅されているそうだ。ま、確かに、そこいらも住んでいたから、そういうことになるんやろう。
 どこだったか思い出せないのだが、たまに思い出す懐かしの味というのが、何個かあって、子供の頃は歯噛みした。どこにあったのか、わからないから食べに行けなかったからだ。
 ふと、そのひとつが記憶に浮かんで、イメージ画像が頭に映ったら、辛抱たまらん状態になって、さっさと材料を確保した。昔は、作るという発想がなかったが、今は、なんとなく作れるようにはなった。手間のかかるもんは、さすがに諦めているが、これは作れる部類だ。


 要領はカツ丼と一緒なので、パン粉をつけて揚げて、タマネギと甘辛いタレで煮込んでタマゴで纏めて、白メシの上に載せる。これで完了。ちょっと手間がかかるのだが、なんとか時間内にできあがった。付け合せにしては、些かボリュームがあるが、鳥モモ肉の一枚揚げも作る。油を使うなら一緒にやっておきたいし、このカツ丼には、これがついているのが定番だった。どこかにある洋食屋のメニューだが、たぶん、もうないんだろう。なんせ、その店、全員が、俺が子供の頃に、おじいさんとおばあさんだけでやってたからや。古びた店だったが、お客は多くて、なんでもあった。お子様ランチもあったが、俺は、これがお気に入りで、連れて行ってもらうたびに、このメニューを頼んだ。厨房から、カツの揚がるジューという音がすると、胸がワクワクして暴れたいほど嬉しかった。今になって思えば、贅沢なメニューだったのだろう。というか、関西でしか食えないかもしれない。

「ただいまー。」
「おかえり。」
 定時に帰って来た俺の嫁は、ん? と、食卓を覗いて、へぇーという顔をした。
「珍しいやん、カツ丼け? 」
「まあ、食うてみい。ちょと違うさかい。」
「え? どう見てもカツ丼やろ? 」
「ええから着替えてきぃ。もう、冷めてるから大丈夫や。」
 俺の嫁は、超絶猫舌なので、出来立てなんか食えない。ある程度、時間を置いて冷まさないといけないので、嫁の分は蓋をしていない。
 素早く着替えて戻って来た俺の嫁は、食卓についた。
「なんか、ごっつい唐揚げもあるで? 俺、こんなに食えへん。」
「食べられるだけでええ。俺のノスタルジーメニューや。」
「頭沸いてんのか? おまえ。・・・まあ、ええわ。いただきます。」
 カプッと齧りついた俺の嫁は、あれ? という顔をした。せやろなあー、俺も予想を裏切られたモンなあ。しげしげとカツの齧り口を眺めて、「豚とちゃうやん。」 と、おっしゃった。
「正解。な? ちょと違うやろ? 」
「・・・これ・・・なんかやわいねんけど・・なんで? カツやのに。ものすごーやわい。ほんで、出汁染みてる。」
「くくくく・・・せやねん、せやねん。これな、薄切りの牛肉を重ねてボリューム出したんねん。正式名称は、ビフカツ丼。」
 そう、その店は、豚より値段の張る牛で、カツを作っていた。だが、値段は高くない。なんせ、町の洋食屋や。せやから、安いバラ肉を重ねて一枚の肉にしてあったのだ。贅沢なメニューというのは、この手間隙をかけて安上がりやけど高級感があったことや。店の客は、よう知ってて、みんな、このメニューを頼んでた。せやから、大変やったやろうなーと、俺はしみじみと厨房のおじいさんの顔を思い出す。
「なんで、ノスタルジー? 」
「子供の頃に食ってたんや。その店が、どこにあんのかわからへんねん。」
「・・・関西やろうな。関東で、牛は、あんま使わへんって言うし。」
「関西には間違いないと思うで。あと、その店の定番が、この唐揚げ。一枚肉を唐揚げしてるとこが、豪華やろ? 俺が覚えてて作れんのが、この二品なんや。あとも、うまかったんやけど、うろ覚えでな。」
「おまえ、ガキの頃から食いしん坊やってんな。俺なんか、外食なんか覚えてへんわ。」
「うち、共稼ぎやったから休みは外食やったんよ。せやからやろ。ええ店やってんけど、やってた人らが、おじいとおばあやったから、もうあらへんと思う。」
「今は無き懐かしの店か。ええな? そういうの。」
「おまえは、俺の味さえ覚えといたらええやんけ。最後まで、この味しか食わさへんねんから。」
「下ネタのほうか? それ。」
「どあほっっ、メシのほうじゃ。おまえ、俺だけやないやろがっっ。」 
「せやったかなあ。でも、尻貸してんのは、おまえだけやと思う。さすがに、あれはなあ。誰でもは怖いわ。」
「まあなあ、下準備せんと突っ込まれると流血もんやしなあ。丁寧にやらせてもらいまっせー? 水都はんっっ。」
「当たり前じゃっっ、ぼけっっ。・・・でも、これ、美味いなあ。また、作ってや? 」
 俺の嫁も気に入ったらしい。ビフカツはあるけど、カツ丼は見たことないもんなあ。野菜スープを合いの手にして、俺も食べる。昔、店で食ってる時に、一人の客が、「ああ、この味や。懐かしい。」 と、叫んでいた。しばらく食べられなかったのだろう。それを聞いたことが、今でも耳に残っている。そんなふうに懐かしいと思う味は、俺には、今のところない。そのうち、思い出して食べたら、そんなこと思うんかもしれへん。
「唐揚げもあっさりしてんねんな。」
「うん、思ってるほど油っぽくないやろ? 」
「せやけど、俺は一個でええわ。・・・もう、満腹。」
 一枚肉の唐揚げは揚げてから、切り分けてある。それを一個食って、俺の嫁は、ぶふーと満腹した声を出した。小食なんで、ここいらが限界や。俺にも食べきれるもんでもないから、これは明日、酢豚風に味付けしなおして食卓に出すつもりやった。なんか、これは揃ってないと気が済まんので、作っただけやからや。
「他にもあるんけ? ノスタルジーメニュー。」
「あとは・・・・フライソバとか・・・いきなりは出てこやへんな。フライソバは、中華ソバを油で揚げて、野菜のあんかけがかかってんねん。」
「それ、チャンポンとちゃうんか? 」
「ふふふふ・・・それがな、そのあんかけの出汁が和風で、紅ショウガがのってるねん。めっちゃあっさりしてて、これも懐かしい。」
「作れ。俺も食いたなった。」
「へーへー、明日は、もう献立考えたから、明後日にでもな。」
「食いしん坊も役に立つ。」
「せやなあ。なんか忘れられへん味なんよ。」
「ええな? おまえが覚えてるから、俺も食える。」
 俺の嫁には、ノスタルジーメニューはない。そういうものが存在しない世界で生きていた。俺と、こうなってから料理の種類を知ったほどのアホなんで、喜んでくれると俺も嬉しい。懐かしい味を共有できるから、同じように感想が言える。それは、それでええことやと思うし、俺の嫁にもええことやと思う。
作品名:関西夫夫 カツ丼 作家名:篠義