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逃げた男

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あるホテルの一室で銃声と共にベッドの上に居た女性が倒れこんだ。弾丸は背中にぽかりと穴を開け、男が正気に戻る頃には焦る暇もなく女性は死んでいた。女はそのままベッドからずり落ち床に転がった。シャワーから上がったばかりだった男は急いで服を着て鞄を手にホテルから飛び出していった。
 この男には悪い癖があった。何か問題が起こる度につい相手を殺してしまうのだ。女性がベッドの上で覗いていた鞄は見られるわけにはいかなかった。その中身がばれてしまった時男は自分に降りかかる不幸を考えると面倒くさくなってつい引き金を引いてしまった。しかし今回ばかりは殺しても事態が改善する話ではなかった。あろうことか男が殺した女性は自分の組長の実の娘だった。令嬢を殺してしまった以上男が殺されるのも時間の問題だった。ただ殺されるだけであれば男もこれほど慌てないのだが。
 とにかく男は逃げることのできる場所を考えたが、自分についての全てを組に言ってある為どこも行く当てがなかった。とりあえず家に帰ろうと考え男は走った。ホテルからそう離れていない自宅で男は信頼できそうな人間を電話帳からかたっぱしから調べ、その中に一人だけ組にもばれておらず誰にも自分のことを喋ることが無いような人を見つけた。
「お、お、おい、島崎、俺だ、西だ。頼む、匿ってくれ」
「おいおい、何年ぶりに電話してきたと思ったらそれか? どうした?」
「組長の娘撃っちまった、多分死んでる。ばれちまったらどうなるか考えただけで気が狂っちまいそうだよ」
「わ、わかったよ。お前の方はどこか宛は無いのか?」
「いないからお前に掛けてんだよ、頼む」
「しょうがねえなあ、ちょっと待ってろ、すぐ掛け直す」
 そして電話が切れ、西は一人で島崎の電話を待つこととなった。まず西は逃げるときのことを考えてパーカーとジーンズ、普段着ない様な服を着込んだ。その後カーテンを閉め明かりを消し、自宅に居ることがばれない様にしてから携帯を片手に押し入れに入り込んだ。暗い押し入れの中で西は組長の頼みを受け入れたことを後悔していた。
 この日、西には二つの仕事が重なっていた。数週間前から組長に頼まれていたのが大阪に行っている間令嬢を一晩面倒見ることだった。西は組長に非常に好かれており、次期組長だと組の中で囁かれていたほどだった。しかしこの日、同時に自分が裏でやっている別の仕事の要件が入ってしまった。待ち合わせの時間帯が令嬢との待ち合わせの数十分前ということでこの鞄だけは一緒に持っていく必要があった。そして結果、西は令嬢を撃つハメになってしまった。
 少しすると、島崎から電話があった。島崎は自分の友人が住んでいる村があって、一週間ほどなら泊めることができるという話だった。電話がちょうど切れるときに、扉を殴る音が聞こえてきた。
「西! おい西!」
 その声は西の部下の一人だったが、その声に答えるわけにはいかなかった。確かに令嬢を違う組の人間が殺したことにしてそれを報告するというのも一つの手だったかもしれないが、最悪他の組と戦争になる上自分の罪がばれてゲームオーバーなんてケースもありえない話じゃなかった。外で西が居なさそうなことを話し合ってから家の前から去ったことを確認すると、西はそっと扉を開けて自分の車に向かった。だがそこには黒いスーツを着た男が何人かが囲んでいて車に乗ることができなかった。
 仕方なく西は他の組員にばれない様アパートの裏から逃げ、駅へと向かった。島崎が言っていた村は東京から夜行列車で六時間ほどかかる場所にあった。知り合いに見つかることを警戒しながら走り、その場に着いた電車へ駆け込んで西は東京を去った。

 朝の六時ごろ、西は見知らぬ村に着いた。無人駅から出ると、そこには気のよさそうな青年が二人西を迎えた。彼らは島崎の高校の同期であることを西に話した。島崎と西は大学の友人であったからこの二人を知らないのは当然であった。しかし初対面ではあるこの青年二人は特に西を邪険にはしていなかった。彼らは挨拶を軽く終えてから車に乗り込んで走り出した。
 車の中で西はこの青年二人の名前が水木と浅尾だということを知った。二人とも農家を継いでいて、そのうち水木には妻子がいることも聞いた。水木と浅尾はとても仲が良く、水木が浅尾に早く嫁を見つけるように言ったりしながら車内で明るく騒いでいた。西は思った以上にこの村に来たことを喜んでしまっているのに気付き、しかし自分の命も危ないということにも焦り、複雑な気持ちになっていた。
 一時間ほど田畑の脇を走り続けて水木の家に辿り着いた。水木の家には妻と子以外に兄と母親が住んでいた。西は次の一週間、水木の家に住むということになっていたのをここで初めて聞いた。浅尾のほうが一人暮らしで場所はあるようだったが、男二人では私生活が乱れるのではないかという水木の母親の心配によってここに住まうことになった。
 水木の兄が西を二回の部屋へと連れていってくれた。狭い部屋だが、などと兄が言っては西がそんなそんなと受け答えしていた。兄はどうやら父親代わりといった感じで、更に警官をしているだけあって豪快で頼れる男だった。警官である、ということを聞いてしまった西は多少動揺していたが、それをうまく隠すことには成功した。そして西が鞄を落とすと、ごと、と大きな音がした。西ははっと中に入ってあったものを思い出し脂汗を流した。
「おい、その鞄、何が入ってんだ?」
「え。ええ、まあパソコンとか」
「もっと重いものの音だったぞ、今の」
「……しょうがないですねえ。後で渡すつもりだったんですが」
 そう言って西は鞄の中から高級な日本酒の一升瓶を出して見せた。そうすると兄は目を輝かせ、悪いなあと嬉しそうにそれを持って一階へと戻っていった。西はほっと一息をつき、中に入ってある拳銃を確かめた。家を探られて裏の仕事で受け取った物が見つかるわけにもいかないし、それを守るためには拳銃が必要だった。そしてもしこの拳銃が見つかれば、少なくともこの家の人間を生かしておくのは難しいと考えていた。少なくとも、今はこの拳銃が見つかるわけにはいかない。
 一階へ降りると既にご飯の準備がされていた。朝食のようだ。テーブルの上には先ほどの酒がおいであったが、母が兄を厳しく飲まないように叱っていたから飲むことは無いだろう。さあさあと母が全員呼び、西が席に着くとともに全員が朝食を取り始めた。西は実情を話せない多少の息苦しさを感じながらも箸を進めた。
 朝食を食べ終えると水木と浅尾は畑仕事へ出かけた。西は居候の身だからと言ってその仕事の手伝いをすることになった。畑へ出かけるとそこには二人以外に後藤という初老の男性も居た。三人はテキパキと機械やらを使いながら仕事をこなし、西はどちらかというと彼らを眺めている時間の方が長かった。
 西が何かをできたのは一通り仕事が終わって荷物を車に詰め込む時だった。その時はなるべく他の三人に遅れを取らないように率先して荷物を運んだが、その時に後藤は彼に多少感心して笑顔を向けていた。午前中に仕事が終わったので四人は後藤の家で昼食をとることになった。
作品名:逃げた男 作家名:木戸明