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正しいフォークボールの投げ方

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 驚き戸惑うヒロ。倒れている自分の身体に触れてみるが、何の抵抗も無く自分の手が自分の身体を貫通……通り抜けてしまったのである。気味の悪い現象に腰が砕けてしまい、尻餅をついてしまった。

 ふと自分の手をマジマジと見つめると、手の平が半透明になっており、透けて見えているのである。

『ど、ど、どういうことだ!?』

 そう言いつつも、自分の身に降り掛かった不幸な出来事に薄々感づき始めていた。

『も、もしかして……』

 ヒロは、ある“結末”を予期した。

「おい、人工呼吸すればなんとか、息を吹き返すんじゃゃねぇのか?」

「バカ。こういう時は、電気ショックを当てれば良いんだよ。確か、保健室に在ったりするだろう。誰か、持って来い!」

「いや、素人が勝手にやったら危険が増すから止めとけ」

「ヒロ! 起きろ! 死ぬな! ヒロ!」

 そんな周りの声が、その結末を事実へと導かせた。

『死んだのか……』

 そう自分の状態を呟くと、身体が少しずつ浮き始めたのである。自分の意志とは関係無く徐々に天へと昇っていき、自分の生身や仲間たちと遠ざかっていく。

『えっ? なっ! ちょっと待ってよ!』

 本杉陽朗はまだ高校一年生である。青春真っ只中。恋愛も社会経験や大人な体験もまだしていない。思い残すことが山ほど有る。

 自分の生身の側に橘沙希が駆け寄っているのが見えた。
 好きな人に好きだと告白もしていない。例え玉砕な結果になるとしても、これだったら告白しとけば良かったと後悔を噛み締めた。

 最期の抵抗として、自身の身体に戻ろうと必死に手を伸ばしたが届くわけがない。天へと昇っていくたびに、頭の中が真っ白になっていき、何も考えられなくなる。

『ああ、これが…昇天か……』

 先ほどの死んでも悔やみきれない想いと共に身体も消え去ろうとしていた。その時だった。

 辺りが突然暗くなり、天から一筋の光がまるでスポットライトのように差し込んできたのである。
 そのライトに照らされて、髪の長い女性が姿を現したのだった。

 髪の毛自体からキラキラと輝きを放ち、端正の顔立ちに真っ白なドレスで身を包んだ気品溢れる姿。それに全身から神々しさを弾け出しており、まるで美術館に飾られている彫刻のようだった。

 神秘で壮麗な雰囲気を纏っている女性の口が開く。

「大丈夫だった? あ、死んじゃったから、大丈夫じゃないよね。はい、逝きましたー……って、冗談じゃ済まされないわよね。ゴっメン!」

 茶目っ気たっぷりな顔で、手を合わせて謝罪のポーズを取ると「てへペロ」といった効果音が鳴ったような気がした。

『へっ?』

 そんな見た目とは裏腹の軽いノリに、ヒロは呆気を取られてしまう。

「あ、自己紹介はまだだったね。私“野球の神様”。よろしくね!」

 続けざまに語られた言葉に『はっ?』と、返すしかなかった。

「あれ? そこは“ファッ!?”って聞き返さないの?」

『……はぁ?』

「ん〜〜。そもそも、その顔は信じていない顔ね。まぁ、それもそのはずよね。私も、ついさっき野球の神様に任命されたばかりだしね」

『あ、いや……』

 今自分に直面している状況に、理解を掴めないヒロ。特に突然現れた“野球の神様”の存在が、首を動作範囲の限界ギリギリまで傾げてしまう。だから訊く。

『な、なんですか? その、野球の神様っていうのは……』

「え? これは教育やろうな……。言葉の通りよ。聞いたことがない? この日本には八百万の神々がおますところ。その神々は、様々のものに拝命されているのよ。釜戸には釜戸の神様が、トイレにはトイレの神様が。そして、野球には野球の神様がってね!」

『それは聞いたことがありますが……』

 本当に神様が居るものだとは思ってはいない……というか、そういう考えはなかった。そもそも、未だその存在を信じられなかった。それがヒロの表情に出ていたのか。

「まだ信じていないようね。だったら、仕方ないわね……」

 そう言うと野球の神様は、人差し指をヒロの額にそっと触れた。すると、不思議なことにヒロが抱いていた疑問がスッキリ晴れてしまい、何もかも理解してしまった。

 目の前にいる人物が、野球の神様だと。

『野球の神様って、女の……女神様だったんですね』

 ヒロは改めて野球の神様を見つめる。美人や美女と人間の定義に収めるのが失礼なほど、その見目麗しさは女神様と呼ぶに相応しかった。

「ああ、でも前任者は男の神様だったわよ」

『えっ……。それって、どういう意味ですか?』

「さっきも言ったけど私は、ついさっき拝命されたばかりなの。そもそも、神様ってのは交代制なのよね。ほら、トイレの神様なんかに拝命されて、ずっとトイレの神様のままだったらイヤでしょう。ちなみに女だから女神と言った方が正しいんじゃないの、と思ったりした?」

『あ、いえ。別に……』

「一応、男女平等ということで、女でも神様って名乗るものなのよ。それに女神様よりも神様の方が言いやすいでしょう」

 知らざれる神様の裏話を聞いてしまい、感心というより呆気に取られてしまう。

「てか、改めてゴメンなさいね。野球関係で君を死なせてしまって……」

『えっ!?』

 衝撃的な発言に、目をカッと見開いてしまう。

「君がランニング中に、不幸にも野球のボールが後頭部に直撃してしまったのよ。それで……」

 突然感じた痛みの正体と、この現状の理由を知ったヒロ。自分が死んだことは間違いなく現実だということに、ガクっと肩を落としてしまう。

「あ、だけどそんなに落ち込まないで。拝命されたばかりでさっそくの船出なのに、こんな風に亡くなってしまうのは、縁起が悪いというか泥を塗られたというか、ひじょ〜うに宜しくないの。だから、特別サービスで君を甦させてあげるわね」

『……え?』

「だから、特別に君を甦させてあげるわよ」

 復唱される信じられない発言に、自分の耳を疑う前に野球の神様を疑ってしまう。

『ほ、本当ですか?』

「もちろん。神様、嘘をつかない。それじゃ、さっさく甦させてあげるわね。そして無事甦ったら、ちゃんと野球のことを奉りなさい!」

 さらっと代償条件を入れてきたが、それぐらいなら問題は無かった。生き返させてくれるのなら、毎日でも奉ることは厭わなかった。

『は、はい。わかりました!』

「オッケー! それじゃ行くわよ!」

 野球の神様は、突然踊りのようなポーズを取りつつ歌い出す。

「やーきゅーうするうなら〜♪ こういう具合しやさんせ、アウト! セーフ! よよいのよい!」

 その歌は、どこか座敷がある宴会などで披露したら、とても似合うような古風な歌だった。謎の儀式が終わると、ヒロの身体が突然落下し始めた。

 落下速度は徐々に速くなっていき、目が開けられないほどに加速する。やがて、ヒロは意識を失ってしまった。