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正しいフォークボールの投げ方

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 振り返ると、ツインテールにして髪をまとめた可愛らしい少女が息絶え絶えとなり、愛くるしくも瞳を輝かせて、こちら……ヒロを見上げていたのである。

「え、あ、うん。そうだけど……」

 これまた見知らぬ相手……ましてや少女。見た目から小学校の三〜四年生ぐらいだと推測しつつ、戸惑いながら応答するヒロ。

「私、フジサキ眞花(まどか)って言います。十歳です。あ、あの、握手してください!」

「えっ! え、あ、その……」

 突然の少女―眞花―の申し出と差し出された手に、どうしたら良いのかと戸惑いを飛び越え混乱一歩手前に達してしまうヒロ。救いを求めるように沙希やイナオに顔を向けたのだが、二人はニコニコと微笑ましい表情を浮かべていたのであった。

 再び眞花の方を見ると、まだ手を差し伸ばしている。ヒロはまた沙希たちの方に、困惑の視線を向ける。やっとこさ仕方なく沙希が「もう!」と助け舟を出してくれた。

「えーと、お嬢ちゃん。モトスギくんのことを知っているの?」

「うん。前に、モトスギさんが投げた試合を観戦したの。それで、モトスギさんを知ったんです」

 ヒロが試合で投げたのは、あの散々たる結果を残した試合だけである。お世辞にも人から憧れるとも褒められたりしない内容である。それを踏まえて、面白半分のからかいかと思われたが、

「モトスギさんは、あの試合で凄いフォームで投げたモトスギさんですよね。私、あのフォームで投げるモトスギさんのファンになったんです!」

 そう言って眞花はヒロを前にして、上半身を捻って左足を上げる……トルネード投法を披露して見せた。しかし、片足では身体のバランスが上手く取ることが出来ずに倒れそうになる。

「危ない!」

 ヒロがすかさず眞花の手を取り、転倒を防いだのであった。流れ的に手を繋いでしまったことにヒロは気付かないでいると、

「す、すみません。ウチの娘が、ご迷惑をお掛けして……」

 眞花にどことなく似ている大人の女性が申し訳なさそうに声をかけてきたのである。見た目や会話の内容から眞花の母親だと察した。

「お母さん、お母さん! ほら、モトスギさんだよ!」

「うん、そうね。あ、この娘、野球観戦が好きでして。前に大府内高校の試合を観てですね、モトスギさんのファンになったんですよ」

 母親もまた眞花と同じような説明をする。だが、ヒロは理解出来なかった。

「ファンになったって……。あの時の試合……自分、全然ダメだったのに……」

 眞花を前に、正直に意気地がない想いを吐露したが――

「そんなことないよ! カッコ良かったよ!」

「カッコ良かった?」

「うん!」

 眞花の眩しい表情が、どんよりと雲っていたヒロの心を照らす。

「あの時は調子が悪かったんでしょう? あんなかっこ良いフォームで投げるんだもん。今度こそ凄いピッチングをするよね! ねぇねぇ、今度はいつ投げるんですか? 絶対、応援にいきますからね!」

 嘘偽りの無い純真な言葉がヒロの琴線に触れる。そして胸の奥からこみ上げてくるものがあった。

「……い、いつ投げられるかは、解らないんだ」

 その言葉に眞花の爛々とした瞳が曇り、「えー!」と不服の声と共に頬を膨らませたのであった。

「もう、眞花。お兄ちゃんたちを困らせちゃダメでしょう。登板は監督さんとかが決めるんだから」

「だって〜」

「わがままを言わないの。本当にごめんなさいね」

 母親はヒロたちに頭を下げながら、眞花の頭に手を強制的に下げさせた。

「ほら、握手をして貰ったんだから、帰りましょうか。早く行かないと帰りのバスが出ちゃうわよ」

「え……あっ!」

 ヒロと眞花は、先ほど倒れそうになった眞花を救うために手を掴んでいたことに気付いたのである。

「あ、ゴメ……」

 ヒロが手を離そうとしたが、眞花は強く握り締め返されて、ふりほどけなかった。

「モトスギさん! 応援しています。頑張ってくださいね!」

 明るく元気な眞花の激励にヒロは「あ、うん」と短く答えることしか出来なかった。しかし、眞花はとびっきりの笑顔を浮かべたのである。

 名残惜しくも眞花は手を離し、母親の元に駆け寄ったが、再びヒロの方に戻ってきた。

「あ、あの……。それと、モトスギさんにお願いがあって……」

 もじもじと恥ずかしそうに囁く声だったので、ヒロは頭を垂れる。

「ん、なに?」

「その、おにーちゃんと、呼んでも良いですか?」

「えっ……!? あ……。まぁ、好きなように呼んでくれても良いよ」

 突拍子もなく無邪気なお願いに、困惑しきりのヒロは深く考えることなく口走ってしまった。

「本当! ありがとう! それじゃーね、モトスギおにーちゃん! 今度はもっとカッコ良い所を見せてね!」

 終始太陽のような笑顔を照らしていた眞花は「早くしなさい」とせきたてる母親の元へ行き、足早でバス停へと向かっていく。その間、何度も振り返ってはヒロたちに手を振っては、ヒロと沙希も手を振って見送った。

「凄いね、モトスギくん。もうファンが……あっ!」

 沙希がヒロの顔を見て、優しく微笑むとそっと黙した。ヒロの瞳に、うっすらと涙が浮かんでいたのであった。

 ヒロは涙を拭うと、ずっと心の中を覆っていた迷いも悩みも晴れていた。これから自分が成し遂げなければいけない目標が明らかになったからだ。

『あの娘のために投げる』

 敢然たる決意だけが、ヒロの心の中を充満していたのである。

「イナオさん!」

 ヒロは振り返ると、イナオに向かって頭を深々と下げた。

「今まで練習を休んですみませんでした。これから練習に参加させてください。そして、自分にピッチングを教えてください!」

 平身低頭のまま、大きな声で請願を述べるヒロ。その姿にイナオの細い目がより細くなり、待ち望んでいた言葉が聞けたことでさらに細くなる。最早、目蓋を閉じているようだった。