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知っていた

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一、
さあ、飛び降りてしまおう。
そう思い、そろりと足を踏み出しかけたその時に、背後でかすかな声がした。透き通るような、風に溶け入る声。駄目、行かないで、と聞こえた。あまりにも切実に心の芯を突き抜けたものだから、思わず振り返ってしまう。
どうして君がここに来たんだ。
懐かしいその姿は、まるで最初からそこにいたんだとばかり、当たり前な顔をして立っている。ツン、とそっぽを向いているような、それでいて、ジッ、としっかりこっちを見てくれてもいるような。曖昧な視線で彼女は全てを惑わす。その実、何も見ていないのも確かかもしれない。
何をしていたの? 彼女がその可愛らしい口元を震わせて問いを投げかけてくる。
「やめてしまおうと思って」
 生きること。生きることを続けていくこと。些細なことで疲れてしまって、僕は今全てを投げ捨てて終わりにしようとしている。世間がいう「些細なこと」。僕にとっては全く些細なんかではなかったのだ。

落書きされた教科書は捨てた。使い物にならない文房具は燃やした。切り裂かれたジャージも、使っていた机や椅子も、上靴も、それらはもうどこにもない。古典的なイジメの証拠の羅列は消え失せて、僕はいっそ清々しい気持ちだ。

「どうしてここにいるの?」
 先程思った疑問を今度は口に出して投げかけてみる。踏み出した右足を一旦引っ込め、彼女に向かって歩き出した。死ぬ前に昔の幼馴染と談笑を交わしておくのもいいかもしれない。
 (私が最初に質問したの。やめてしまうって何? 死んでしまおうとしていたの? 私に黙って)
 恨みがましい目で僕を見上げてくる。背筋が伸びてしなやかなその立ち姿は昔から変わっていない。凛とした瞳で射すくめられて何も言い返せなくなったので、ただただごめんと謝るしかなかった。
「でも、君が今ここに来たから迷ってる。ここから飛び降りるべきか、まだやめておくべきか。どうすればいいと思う?」
風に揺れる綺麗な髪の毛の感触を確かめてみたくなって、手を伸ばす。初めて触れようとしたとき、君は酷く驚いてその身を翻し大げさなほどに距離を取ったものだけど、今日は素直なものだ。久々に再会したことに対する彼女なりの親切心か、消えてしまおうとしてる僕に対する同情の気持ちか。どっちでもいい。今は少し落ち着いて話がしたい。
 (黙って触らせてあげるから、私の言うことを聞いておきなさい。貴方は死ぬには早すぎる)
「……そっか」
 春になりかけている暖かな風が通り過ぎていく。屋上に吹きすさぶ不意の空気の流れに彼女は睫毛を瞬かせ、やがて目を閉じた。彼女の髪の毛は太陽の色によく映える。このまま寝てしまうのだろうか。僕は君に、まだ一つ大事なことを聞きそびれているんだけど。
「どうしてここまで来れたんだ? 君は僕の学校を知らないよね。あの公園で会っていただけなんだから」
でもまあ、いいか。天気も良いし、太陽がポカポカな昼下がり。彼女と一緒に惰眠を貪って、そして、死ぬのはもうちょっとだけ後にしよう。
 急にいなくなったら困るだろうから。

「僕の初恋、君だって知ってた?」
目を閉じようとした一瞬、すやすやと寝ているであろう彼女に向かってそっと囁いてみた。案の定、彼女はぴくりともせずに眠り続けている。
「知るわけないね。僕の言葉が通じているのかもわからないんだし」
指先に触れる髪の毛の感触を楽しみながら、僕は今度こそ目を閉じる。目覚めてもまだ、隣に君がいますようにと願いながら。

作品名:知っていた 作家名:yueko