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机の言葉(前編)

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 ◇ A-1

 二コマ目の物理の授業の始まり。私は先生の話も聞かず、実験室のテーブルに突っ伏していた。
「バカじゃない、岬」
 耐熱テーブルを挟んで向かいに座る香苗がそう言って切り捨てる。
 顔を上げて涙目で睨むと、香苗は肩をすくめて振り子実験の準備に戻った。私の班の人も気を使ってか、話しかけてこない。
 室内は、実験を楽しむクラスメイトの騒ぎ声でいっぱいだった。私のことなんて、気にもとめない。
 私は数分前の自分行動を思い返し、また顔が熱くなって顔を伏せる。
 そう、私は馬鹿だ。
 なぜあんなことをしてしまったのだろう。
 幾らなんでも、あれが見つかってしまったら、私は平然でいられる気がしない。
 教室の机に書いた告白。あの一文が、まるで呪いのように私の脳内でいくつも飛び交う。
『あなたが、好きです』
 うわあああっ。

 ◇ B-1

 僕はこの教室に入る時、いつも緊張する。
 あの子はいないと知っているのに、どうしても入り口できょろきょろと見回してしまうのだ。これではまるでストーカー。なるべく変な行動は取らないように、筆記用具を持って入り口をくぐる。
 数学の授業は、進路別に別れて二つの教室で行なわれる。基本問題を扱うのは一組教室で、発展の方は二組教室。わざわざ移動するのは面倒だったけれど、それが二組の教室となると緊張してしまう。
 割り当てられた席に座るクラスメイトたち。確か二組は物理の授業だったはずだから、休み時間の初めに移動しているのだろう。僕も黒板に張られた席表を見て、自分の名前を確認する。
 一瞬、鼓動が止まるかと思った。
 窓際の、前から三列目。
 もしかして、この席は……。
 僕は平静を装って、その席へと向かう。
 その席の名前を見て、僕は驚きの思いでいっぱいだった。
「はーい、始めるぞー」
 男性教師の声に、僕は慌てて机に筆記用具を置き、椅子を引く。
 その椅子の背には、僕の意中の人のでありこの机の持ち主である名前、『菅井岬』と記されていた。

 ◇ A-2

 数分前の行動を、思い出した。
 二組教室。一コマ目の授業が終わり、次の物理のために実験室に移動しようとしていたときのこと。
 筆記用具を持って黒板の前を通過した私の目に、一枚の紙が映ったのだった。
 数学の席分け表。
 私たち二組と隣の一組のそれぞれの生徒は、数学の授業の際に互いの教室を使う。片方のクラスが移動教室でいなくなると、二つの教室を使って難易度を別にした授業が行なわれる。振り分けはテストの成績。
 つまり、一組が体育をしている時は私たちがその教室を間借りし、私たちが物理の実験をしている時間は教室を明け渡す、ということだ。
 黒板に貼られた席分け表には、一組の賢い生徒の名前が並んでいる。
 何気なく、私の席には誰が座るんだろうと思い、それを見た瞬間。
 鼓動が本当に、一瞬止まった気がした。
『古川 洋樹』
 脳裏に物凄いスピードで、ほっそりした顔の男子生徒のイメージが飛び込んでできた。
 これ、本当?
「早く行くよ、岬」
 友達の声が遠くに聞こえるけれど、そんなこと気にする余裕もなかった。みっともなく小走りで自分の席に戻る。
 散らかった机の中身を一旦出し、揃える。当人が来る前に、きれいにしないと。
 だって。
 その名前は、その生徒は。
 私の片思いの、同級生の男の子。

 ◇ B-2

 挨拶をして、動揺しないよう自分を抑えながら席に座った。いかにも平然としている風を装って、教科書とノートを広げる。
 外はだんだん日が強くなり始め、この窓際の席はかなり眩しい。
 授業に集中しようと思ったものの、この席にいつもステラさんが座っていると思ったら、緊張が急に押し寄せてきた。
 茶色がかった長いストレートヘアが目立つ、長身の彼女。
 思い浮かべちゃいけない、意識しちゃいけない。努めようとするものの、かえって悪化するばかりだった。
 何を考えているんだ、と思う。女の子の席に座っただけで、こんなにも揺れるなんて。
 でも。
 憧れの彼女の笑顔が浮かんだ瞬間、気持ちを打ち消そうとするのが無駄だと直感した。
 今僕、物凄く幸せかもしれない。

 ◇ A-3

 廊下で私を呼ぶ友達の香苗を無視し、余計な荷物をバッグに仕舞った。次の授業までもうすぐ。なるべくこの席を見られても大丈夫なようにしてしまわないといけない。ましてや来るのはあの古川君。私の印象が「がさつな女」なんてことになったら窓から飛ぶしかない。
 机の上も綺麗に手で払う。いくつか残っていた消しゴムのかすが床へと落ちていった。
「岬、先に行くから」
 痺れを切らしたのか、香苗の姿が消える。実験室は一階だしそろそろ移動しないと時間がまずい。
 自分の教科書と筆記用具を持ったところで、一組の人が入ってきた。各々黒板に貼られた表を見て割り当てられた席に座る。
 いま古川君と会ったらどう考えても赤面間違いなし。ろくに喋ったこともないのに。私はすぐに教室から逃げようと右足を踏み出そうとしてピタリと止めた。
 唐突にひとつの考えが飛来する。
『直接話すのが恥ずかしいなら、なにか書いて机の上に置いておけばいいのでは?』
 三秒考えて、物凄い量の問題点が算出された。
 いったい何を書くの? 手紙か何かで? 古川君は読んでくれる? 他の人が読んでしまったりしない? 書く時間ある? 何も書くもの手元にないよ?
 どうしようどうしよう。私はどうして動揺しているんだ。何か伝えるチャンスかもしれないけれど、そんなことをしても、ああ、だって。
 最後に私の脳に浮かんだのが古川君の顔だった。
 ぐらりと、きた。
 そこから私の行動は迅速だった。自分の机に移動し、手元の筆箱からシャープペンを取り出して、自分の気持ちを綴る。便箋なんて無いので、机の右下に直接書いた。
 たった一言、伝えたい言葉。
『あなたが、好きです』
 書き終わり、一応字が読めることを確認した後、すぐに走り出した。授業に間に合わないのは当然として、書いてる様子を当人に見られるわけにはいかないから、それは当たり前の行動だった。
 でもそんなことは露ほども考えなかった。それほどに、混乱していた。
 こんな形で、告白するなんて。でももう、取り返しがきかない。
 階段を駆け下りながら心の中で私は叫ぶ。
 やってしまった、やってしまった。

 ◇ B-3

 先生の教えを話半分に聞きながら、回想にふけっていた。
 僕が初めて岬さんと会ったのは一年生の時のこと。
 夏休み明け、僕たちにとってはじめての文化祭の時。困った自分を助けてくれた出来事によって、彼女と知り合った。
 あの時は本当に追い詰められていて、岬さんが来なければいったいどんな結末を迎えていたのか分からない。彼女のほうにも理由があったらしく、迷惑はかけていないはずだった。それでも、彼女の優しさと控えめな美貌に、僕はほぼ一目惚れに近い感情を抱いたのだった。
 それ以来、クラスが違うこともあって特に話す機会はなかったけれど、彼女のことは気になって仕方がなかった。廊下で見かけたときや、男同士の話題になったときなど、彼女の影が出てくるだけで意識してしまう。
作品名:机の言葉(前編) 作家名:義里カズ