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絡結―からまりむすび―

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ある日、街の電気屋や新聞に[平成]という文字が小さく掲げられはじめた。それを見て人々は憂いや悲しみや淋しさ、そして期待を胸にしながらも、それでも生活が変わる訳でもなく、毎日を昨日と同じ様に過ごしていた。

そんな時代に、忙しい人々に紛れて生活する『人間では無い生き物』、俗に妖怪等と呼ばれる者達が居た。
多数の人間の中に少数の妖怪が暮らす世界。
珍しがって関わってくる人間もいれば、謂れも無い祟りだなんだと言ってくる人間もいるが、それは人間同士でもおなじもので妖怪と呼ばれる紗代も、今は普通に働き賃金を貰い、家を借りて生活していた。
ただ、現代は昔に比べて妖怪と知って家を貸してくれたりする人間も減ってきて、正直少しずつ暮らし辛くはなってきているのを感じる。


かつて鳥であった紗代は、雑踏の遙か上を飛び山の方へ向かっていた。
今は鳥の姿ではなく、人間の体に鳥の翼がついており、ぱっと見は天狗や西洋で言う天使に見えるかも知れないが元は小さな雀だった。
空高くから見下ろせば、人間が多く住む場所は灰色に見える。
そして人間が少ない場所に行けば行くほど、季節が変わる毎に様々な色合いを見せてくれるようになる。

山間の農村で紗代を育ててくれた父も母もいなくなり、大きかった筈の家も朽ちていき、紗代は街へ出て人間と同じ様に暮らしはじめた。最初は戸惑った生活も慣れてしまえば日常へなり、今日もコンビニのアルバイトが休みだというので、久し振りに件の生家へ戻る事にしたのだった。
生家と言っても、瀕死の小鳥だった自分を助けてくれた子無しの夫婦が住んでいた家、というのが正しいのだが。
もう長い間、それこそ今まで一度も戻らなかった生家に何故行こうと思ったのか。空を飛んでいく、短くはない間に自問自答してみるも原因はひとつだけ、今朝見た夢の所為だった。




『蔵に入ってはいけないよ。あの蔵には化け物がいて、人が入ると食べれてしまうからね』
優しかった父母が、何度も同じ事を繰り返して言い聞かせている。
そんな夢を成長した今の自分がじっと見ているのは、なんだかおかしかった。
夢は記憶と相違なく、何もかもがあの頃の侭。
しかししばらくすると紗代の耳に聞き慣れない、とても澄んだ声が聞こえた。
「 」
途切れる様に聞こえてきたその声は蔵の方からで、辺りを見回し夢の中の自分達を見ていても変わりはなく、記憶を探ってみてもそんな声を聞いた覚えはない。
入ってはいけないと言われた、今夢の中で言われている「言いつけ」の所為で当時は怖さしか感じなかった蔵から聞こえるにも関わらず、その声は
なんとも
美しかった。



そして今、紗代はその蔵の前に来ている。
広くは無い敷地の恥にあるその蔵に何かがいるのか、考えなかった訳では無い。父母に聞いてみても、彼らもまたその父母や祖父母に聞いたきりで詳しくは知らぬと言った。紗代自身も取りから人へと姿を変えた『化け物』であり『妖怪』なのだから、ここにも自分と同じような者がいてもおかしくない。しかし幼い頃のすり込みとは恐ろしいもので、今まで一度たりとも蔵に入ろうとは思わなかった。
それなのに。

重い扉がギイィ…と音を響かせると、ガシャンと耳障りな音をたててとっくに朽ちていたらしい錠前が床に落ちた。
元々鳥だった紗代は暗闇があまり得意ではない。しかし一人で暮らしはじめてはそう言ってもいられず、慣れもあって今では一人で夜道を歩けるほどだった。
だがこの蔵の暗さは夜道よりも更に重く、一瞬で体を恐怖で包み、同時に何かの気配を感じさせた。鼠や虫のそれではなく、大きな、まさに人のそれと同じもの。気の所為や錯覚では無いと本能が告げている。

「誰か、いるの?」
埃臭い空気に、湿った蔵の壁に紗代の声は吸収されたのか、返事は無い。
『入ってはいけないよ』
『化け物がいるから』
頭に過る、何度も聞かせられたそれを嚥下する様に喉をならし、スニーカーで地面をしっかりと踏みながら気配のする方を、持参した懐中電灯で照らせば

光の先に見えたのは、一人の少女だった。



*



カタンカタン、と窓から電車の音が聞こえる八畳一間の部屋が、紗代の家だ。線路の近くなのに最寄駅は徒歩二十分ある、小さいながらも台所と風呂のついた部屋に、今は紗代ともう一人、蔵の中にいた少女が眠っている。

光の先にいた少女は、光に驚いたのかいきなり入ってきた存在に驚いたのか、悲鳴をあげてそのまま倒れ込んでしまった。勿論紗代も充分驚いたのだが、倒れた少女を放っておけずにそのまま自宅へ連れ帰って、今に至る。
ぼろぼろの襦袢のようなものだけを羽織った少女は一向に目を覚まさず昏々と眠り続けている。と言ってもあれからまだ数時間しかたっておらず、今は丁度日付が変わる頃。
お世辞にも清潔とは言えない少女の体をお湯で湿らせたタオルで拭くと白い肌があらわになり、風呂に入ればもっと白くなるのだろうと思った。
気付いてはいたのだが、改めて全身を拭うと分かるのが少女の特異な体格だった。腹部は肋骨が浮き出る程凹んでいるのに、胸と尻の肉付きの良さが異常と言って良い程大きかった。同じ女だというのに少し照れてしまうくらいには。
そして、腕。
彼女の背中や腰には幾つもの腕があったのだ。
切った事など無いような長い黒髪と長い睫毛にぽってりとした唇、豊満な胸と尻に、数多の手は―蜘蛛のそれに見える。
紗代は自分以外の様かいにあまり会った事は無いが、存在を知らない訳ではない。きっとこの少女は蜘蛛の類の妖怪なのだろう。
しかしこのその数多の腕は、ここに運んで来る間にひとつふたつと落ちてしまい、今は左右に三四本ずつしかない。人ひとり抱えて飛びながらこの部屋へ向かう途中、べちゃりと音をたてて肉塊となった腕だったであろうものを思い出す。

「なんであそこにいたの?」
電車はもう終わったのだろうか。先程から外の音は殆ど聞こえなくなっている。独り言に応えてくれるかもしれない相手は目を覚まさない。部屋の隅で膝を抱えながら一組しかない布団の上で眠る少女をみつめて、紗代も眠りにおちていった。



紗代はまた夢をみている。
今度は幼い自分の中に、今の自分がいた。
七つになる前に死んだ娘と同じ顔をした自分の姿を見て驚く夫婦に、自分は以前助けて貰った鳥だと告げる。最初は妖しげに見ていた夫婦も「娘になら騙されても良い」と言い、その死んだ娘と同じ名前を付けて紗代を可愛がった。
ただ一緒にいたかったのだ。
親鳥に捨てられた自分を懸命に助けてくれたこの夫婦と一緒にいたくて、死んだ娘に化けた。恩返しなどという大層なものではなかったが、それでも夫婦は喜び、娘として育ててくれた。人間で言えば二十の半ばを過ぎた辺りで成長が止まり、そのまま数十年を過ごしている紗代を最期まで愛おしい娘と呼んでくれ、今際に頭を撫でて冷たくなった両親。
流行り病で、ほぼ同時期に死んだ両親に縁者はおらず、横たわり朽ちていく体をどうすればいいのかも分からないまま、紗代は二人が骨になるまでずっと傍にいた。
作品名:絡結―からまりむすび― 作家名:月湖