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陽だまりの影

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*****


 猫は、人につかず家につくというわ。
 別に、どっちでもいいけれど、先にこの家に住んでいたのは、わたしなんだから、彼は新参者なのよ。私の後輩よ。先輩は立てて欲しいわね。
 前の人がどんな人だったか、覚えてないわ。だって、私の後に来た人たちなんだもの。
 私より前に来た人で、一人、覚えている人がいるわね。
 覚えているというか、今も、・・・・・・あら。
 ピアノの音。
 彼女、また弾いているわ。完全防音とか言ってたけれど、あれは、うそね。どこかに隙間があるのよ。時々、転がるような音色が聞こえてくるもの。
 ああ、いい風。雨の日も悪くは無いけれど、やっぱり晴れて乾燥した日は気持ちがいいわ。芳香剤なんて、臭くてやってられないわね。人間の嗅覚ってどれほど麻痺しているのか私には分からないわ。
 どうして、草の匂いや太陽の匂いがわからないのかしら。これは、永遠の謎ね。
 彼女、こっちを見てる。ちょっと、ご挨拶してこようかしら。先輩は立てなきゃ。
 うちの、向かいの部屋にすんでるのよね。時々、こっちを見てるのを知ってるわ。うちの同居人は、ちょっと、男前だもの。
 さあ、ベランダなんて、たいしたこと無いわ。こんなの高いうちに入らない。
 まあ、でも、さすがにメゾンタイプの2階に住んでいると、足腰は鍛えられたかもしれないわ。
 物置の屋根伝いにいけば、地面まで降りなくても辿り着けるのよ。このトユを超えてっと。
 いつも、すこうしだけ窓を開けてくれるのよね。

 こんにちは。いつも、ピアノの風をありがとう。

 ほら。彼女も笑った。
 ああ。彼? まだ帰ってきてないわよ。
 時々、遠い目をするのよね。ちょっと、心配だわ。
 そうね。わたし、彼女の秘密を知ってるのよ。
 あのピアノの上の写真たて。伏せてあるけど。あそこに写ってるのは、彼女と、もう一人。結構、男前だったわ。
 誰かは、分からないけれど。彼女も、そんな話はしないしね。

 さて。あまり長居すると、ご迷惑ね。そろそろ、帰るわ。
 また、聞かせてね?
 そんな寂しい顔しないで。また、来るわ。

 帰りは、少し大回りなの。そろそろ、わたしも、足腰を大事にしなきゃね。緑陰の下や陽だまりの草叢でお昼寝が出来なくなってしまうわ。
 このレースのカーテン。ちょっと趣味が悪いと思うのよね。もうちょっと素敵な柄にすればいいのに、愛想がなさ過ぎると思うのよ。くぐって・・・・・・。
「お。にゃー。どこから来た」
 わずかに開いたガラス戸の隙間をレースのカーテンが風を孕んだその下から、いつから居ついたのか、それとも、最初からいたのか、黒い猫がこちらをひたと見ていた。
「誰もいない家に、ただいま、も、無いからなぁ。でも、お前には、言っとこうかな。『ただいま』」
 ゆらりゆらりと尻尾を揺らし、ソファに飛び乗って青年を見ている。窓際に、持っていた鞄と荷物を無造作に置いてあった。
「なんだよ。挨拶するのが当たり前みたいな顔して」
 猫がゆっくりと不安定な荷物の上をよじ登り始めたのを見て、青年は少し笑った。やがて、じっと、窓の外を見ている。
 不規則に膨らむカーテンを邪魔そうに隅に引いて、窓を大きく開けた。空気の塊が押し寄せる。
「っにゃ」
 風に煽られたのか、猫がバランスを崩し、不安定なかばんの上に積み重なっていたいくつかの本が滑り落ち、挟まっていたプリント類がさらさらと舞った。
 古い茶封筒から、少しだけ覗いた古い、古い写真の角。
 向かいの部屋の彼女と軍服をきりりと着用した青年が寄り添うように写っている。
「この間、亡くなった俺のじーさんな。これ、どう見てもばーちゃんじゃないんだよな。知らせてやりたいんだけど、これだけじゃなぁ・・・・・・。って、俺に押し付ける伯母ちゃん連中もどうかと思うよな」

 琥珀の目をしたビロウドの黒い猫がしたり顔で擦り寄ってくる。
 ふと。
 レースのカーテンが翻った。風の擦れる音に混じって零れ落ちるようなピアノの音。
「あ。誰が弾いてるんだろうな。時々、聞こえるよな。ピアノ。お前も聞こえるよな。いいよな。ああいうやさしい弾き方が出来るって、きっと、優しい人が弾いてるんだよ・・・・・・って、お前、俺のこと、今、ロマンチストとか思っただろ。猫の癖に」
「にゃぁ」
 小さくあくびをするように、細いしなやかな尻尾を揺らしながら寄り添ってきた。


                    了

2013.10.7
作品名:陽だまりの影 作家名:紅絹