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和尚さんの法話 「前世と来世」

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「其の夜、僧の夢に一匹の赤きめ牛現れて曰く。「我前世に、此の家の主人の母なり。此の家の赤き牛は即ち我なり。我、前世に人の物をほしいままに盗みし罪に依りて此の身を得るなり。汝、我が供養の師となるに依りて此の事、ねんごろに告ぐるなり。虚実を知らんと思わば、法を説く堂の中に我が為ムシロを敷けば其の座に臨まん」と。
夢に一匹の赤い牛が現れて、私は前世に此の家の主人の母親です。
ですが、人の物を欲しいままに盗んだ罪で今、こういう姿に生まれました。
あなたは此の家に私の供養をしに来てるんだから、告げるんです。
私が言うことが本当か嘘か、それを知ろうと思うなら、法を説くお堂の中に私のためにムシロを敷けばそのムシロの上へ私が出て行きます。と、こういう夢を見たんですね。

「心中大いに怪しみ乍ら、翌日高座に登り、法を説かんとするも元より能わず。」
無理に泊められて、法を講義せよと言われるけど、法もなにもお説教が出来ない。

「僧曰く、「我、少しの悟りも無く法を説くに堪えず。只、施主の許さざるに依りて此の座に登るなり。但し、夢に告ぐる所有り」と、つぶさに夢の様を語る。」
一般の人に僧が言うんですね、私はお説教をすることが出来ません。
私がいくら辞退しても、此の家の主人が許してくれないので、しかたなく私はこの講座へ登りましたんですと。
但し、私は昨夜夢を見ましたのでお話します。
夢に赤い牛が現れて、私はここの主人の母親でございますと。
前世で盗みをした罪で畜生に生まれたんだと。その話しをするんですね。

「施主、それを聞きて座を敷き牛を呼ぶに即ち牛来りて其の座に登る。」
夢の話しを聞いた主人は、夢の話しのとうりにお堂の中にムシロを持ってきて敷いたんですね。
そして牛を放すとその牛は即座にそのムシロに登ったんです。

「其の時施主、之を見て大に泣き悲しみて曰く。「此れ実に我が母に相違なし。年頃、日頃、我、此の事を知らずして使いいたり。・・・・・赦し給え」と泣き伏しぬ。」
牛が自分の親とは知らなかったので、叩いたりしてこき使ってたんですね。

「法会に集まれる道俗等之を見て泣き悲しみたり。」
家に集まった人達も、それを見て信じて悲しんだんですね。

施主其の牛の為に重ねて供養を修しにけり。
之れ誠に願主の深き心、母の恩に報ぜんと思う功徳の至れるなり。
―― 之を惟うに、人の家に牛馬、犬等の来たらんをば、皆前世の契り有る者なりと知りて、強く打ち責むる事をば止むべし、となん語り伝えるとなん。
― 今昔物語 ―

と、こういうことを書いてあるんですね。

今は動物を飼って、飽きてきたらすぐに捨てますわね、その動物は縁があって家に来てるんだけど、前世で親子だったか兄弟であったか分からないですよね。

これはなにかの伝記にあった話しですが、一人の旅僧があって、牛を使って田畑を耕してるところに通りかかったんです。
その牛が思うように動かないので牛をびしびしと打ってるんです。
それでその僧が、農夫にその牛はおまえの父親ではないか。
そんなに打ったら可哀相だぞと。
ここへ来て、私の衣の袖を通して牛を見てみなさい。
そして衣の袖を通して牛を見ると、自分の親に見えたということです。
それで驚いた農夫はその牛を一切使わないで死ぬまで大事に飼ったという話しです。
だから自分の家に犬や猫を飼ってるということは、前世でなくても、その前かずーっと前の前世でなにか縁があるから来てるんだと思って、いっそ飼うなら可愛がってあげるということは大事ですね。
兎に角我々は、前世は犬だったか猫だったか分かりませんからね。
人間が、いつも生まれたら人間とは限らないんですからね。

それからお経の話しで、或る日お釈迦様がお弟子を連れて森の中を歩いていたんです。
すると、猿が木の上から降りてきて、そのころはお釈迦様はお供養を受けるのに鉄鉢を持っていたんですが、その鉢を持って猿が木の上へ上っていったんです。
そして猿が降りてきたらその鉢の中に蜂蜜がいっぱい入ってるんです。
それをその猿がお釈迦様に捧げるんです。
そしてお釈迦様が弟子たちに、今この猿が蜂蜜を供養したこの功徳によって、来世は人間に生まれてくる。
そして私の弟子に成るんだと、弟子たちにさとすんです。
その頃に街に夫婦の間に子供のいない夫婦がありまして、そしてあっちの占い、こっちの占いの人に観てもらったところが何処へ行っても、あなたは子供が恵まれませんと言われるんです。

そして或る人がその夫婦に、それだったらいっぺんお釈迦様に相談をしてみなさい。
そしてお釈迦様が子供が恵まれないなと言われたら、もうそれで間違いが無いんだから諦めなさいと。
そう言われてお釈迦様の所へ相談に行って、私には子供が生まれるのでしょうか。
お釈迦様は、子供は生まれるぞ、と。
然しその子供は男の子が生まれるが、私の弟子になる運命を持っているぞ、と。こういう話しがあるんです。
そしてその夫婦にはお釈迦様のいうように男の子が生まれたんです。
年月がたって、その子供はお釈迦様の弟子になるんです。
そのときにお釈迦様が、弟子たちに、ずっと以前に森の中で猿が私の蜜を供えたのを覚えているか。
はい、覚えています。
この子供はそのときの猿だ。
そのときの猿が私に供養をした功徳によって人間に生まれることができて、そして私の弟子になったんだと。
こういうお経があります。
そういうことで、生まれ変わるということはお経にも出てきます。
それを皆さん信じて戴きたいと思うのです。


ニ、
今は昔、比叡山の横川に永慶上人と云う僧有り。師に従って法華経を受け習い、日夜に讃踊す。後、山を去り摂津国箕面ノ瀧と云う所に籠りて法華経を習い日夜に讃踊す。永慶仏前に経を読み礼拝して伏す。夢に老いたる犬、仏前に音高くほえ仏を礼すと見る。醒めて永慶、仏前に経を読み礼拝す。永慶七日間絶食して仏前に祈る。七日目の夜、夢に一老僧現れて曰く。「汝前世に耳の垂れたる犬の身なり。法華経を誦する僧の房に有りて尽夜に法華経の誦を聞く。其の功力の依りて狗の身を転じて人身を得たり。我は龍樹菩薩なり」と曰うと見て夢さめぬ。
― 今昔物語 ―

龍樹というのは、お釈迦様がお亡くなりになって、7~800年くらいたってインドに現れた菩薩で偉い坊さんです。
書物も書いていますね。
その龍樹菩薩が夢に出てきて話したということです。

これは聞いた話ですが、岐阜の虎渓山という山があって、そこに禅宗の寺があるんですが、その寺の縁起があるんです。
昔、或る坊さんが山へほったて小屋を建てて篭って修行をしてたんです。
そして毎日、法華経を読んでたんです。
そして或るとき、法華経を読んでるときにふっと、窓の外を見たら、庭の木に百舌がとまって法華経の声を聞いているように思うんですね。
毎日山へ篭っているので誰も来ないし、その百舌一匹でも友達だと思って、その百舌に聞かせてやろうという気持ちになって、百舌が来たら法華経を読みだして聞かせてたんです。
それからどれくらいか日がたって、或る日から百舌がこなくなったんです。