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眩しい。朝、目が覚めた時に似ている。大きく両腕を空に伸ばして、あくびをする奈津子を見て、信親は笑った。
「映画館で映画を見るのは、もう何年振りかわかりません。」
目元の涙を人差し指で払いながら奈津子は言った。映画が面白いとかそういう問題ではなく、単純に暗いところだと眠くなるらしい。信親は、言わなかったけれど、子供の様だな、と思った。
「退屈じゃなかったですか。」
「いえ。楽しみました。」
一緒に昼食を済ませて、買い物をして、映画を見るなんて、デートみたいだ、と信親は思う。デートなどしたことがないから、これはイメージだ。
「せっかくの休日ですよ。信親さんこそ退屈じゃないですか。」
「ええ。」
心配そうに首を傾げる奈津子に対して、信親は笑顔で答えた。外に連れ出してくれた上に、こんなに気を遣わせて申し訳ない気持ちでいっぱいだった。二日間部屋にこもりきりだった体をいっぱいに伸ばして、たくさん外の空気を吸う。これだけで、十分なのに、ありがたい。
「私に、監視されているみたいで、嫌な気はしませんか。」
「しませんよ。僕に付き合わせてしまって申し訳ないくらいです。でも、じいちゃんが僕にあきを付けなかったのは意外でした。」
「そうですね。それは私も意外に思いました。でも、秋桜さん、研究室に付き合わされているみたいなんで。」
「忙しいのかな。」
いつも秋桜と一緒にいる信親が、秋桜のことをあまりよく知らないようであることも奈津子にとっては意外だった。彼らには彼らなりの境界があるのかもしれない。
「昨日は、外から帰ってきたのを見かけたので、会社の研究室に通われてるようです。」
「そうなんですか。じゃあ、何か大きなアップデートでもするんじゃないでしょうかね。」
そして、あまり関心がなさそうなことも奈津子は意外に思う。不思議そうな顔をしている奈津子を見て察したのか信親は困ったように笑って、自分の発言をフォローした。
「いつか城崎で働くものとして恥ずかしいことに、僕は、パソコンのことはあんまりよくわかりません。」
頭を描きながら、奈津子より大きい背を少し丸めて、信親は照れた。いつか、城崎で働く者、奈津子は反芻する。
思う。信親の歩む道を。
「信親くん!」
映画館からわらわらと漏れ出してくるような人ごみの中から、少女の声が聞こえた。どこから声がしたのかときょろきょろと辺りを見渡せば、映画館の出入り口の横で、見知った顔がぴょんぴょんはねながら、両手を振っている。
「佐々木さん。」
信親も手を振り返す。同じクラスの女の子だ。
学校では髪をまとめているけれど、今日はまっすぐにおろしていていつもと印象が違う。思っていたよりもずっと長い髪を風にたなびかせながら、少女はこちらに向かってきた。向こうで待たされている少年は隣のクラスの生徒だった気がする。
「ねぇ、秋桜くんが風邪ひいたって聞いたんだけど。」
ああ、それね、と信親は口元に手を寄せて笑った。
本当に誰もが、あの秋桜を信親だって信じているのか。
誰か一人くらい気づいてくれてもいいんじゃないの。
「あきはもうピンピンしてるよ。明日から、また元気に学校行くと思うけど。」
彼女は胸に両手を当てて、ああ、よかった、とほほ笑んで見せた。それから、信親の隣をちらりと見て、慌てたように体の向きを直す。
「あ。お母様ですか。すみません、先にご挨拶もしないで。」
奈津子は目を見開いた。
一瞬のこと。
すぐに目を細めて口元をゆるりと持ち上げる。
何も言わない。
奈津子の様子を少し訝しんで、かわりに信親が言う。
「おばさんなんだ。今、両親が出張でいないから、僕の買い物に付き合ってもらってる。」
「そうなの!いや、お母さんにしては若いなって思ったんだけど!」
この話題を、これ以上は続けられない気がした。
「ほら、佐々木さんも、彼が待ってるよ。」
「あ、彼じゃないの。遊ぼうって言われたから、遊んでるだけで。」
いやだなぁ。
少女は右手をぱたぱたと振りながら答えた。
お似合いだね、と言おうとのど元まで出かかった言葉を無理やり飲み込む。あの少年は、報われないのだろうか。
「ああ、そうなんだ。でも、ほら。待ってるから行ってあげなよ。」
「そうね。じゃあ、また明日。」
「うん、また明日。」
手を振りながら、少女は小走りに遠ざかって行った。そのさきにはもう、映画館から排出された人ごみはなく、少年が一人、街灯に持たれて不機嫌そうに一人たたずんでいるだけだった。
「すみません。」
「いいえ。信親さんは顔が広いですね。」
そんなことはないです、と頭をかく。
「少し、休みますか。」
奈津子は首を振る。
「でも、気分が悪そうでしたよ。」
奈津子は、また、首を振った。それから早足で何歩か進んで、首だけで信親を振り返る。笑顔で、言った。
「さぁ、次はどこへ行きますか。」
はぐらかされた、と分かったが、蒸し返す勇気はない。

作品名:Delete 作家名:姫咲希乃