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甘い誘惑、ありがちな愛の言葉

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高校生のころにつき合っていた男と再会した。
10年たっているのに、あまり変わっていなかったからすぐにわかった。

◆ ◆ ◆

「ご注文は」
「えっと~、キャラメルハニーパンケーキとメープルクリーミーカプチーノと~」

つくづく甘い。
甘ったるい香りに甘ったるい女の声。
浪川龍二は後悔と自責の念に打ちひしがれていた。
店構えはごく普通だったのだ。むしろ男性客がひとりでも入りやすいような外観だった。
それなのに、いざ入ってみたら男子禁制かのような空気が渦巻いていた。
スタッフは全員女性で、中世ヨーロッパのメイドのような制服を身につけている。
男性客は龍二以外ひとりもいない。
こんなところで、自分のようないい年をしたサラリーマンがひとりでコーヒーを飲まなければならないとは。
待ち合わせとはいえ辛いものがある。

「お待たせ致しました。ご注文は…」
「ああ、普通のコーヒーを………」
「あ……」

電光石火が走るとはこのことである。

「お…お……おまっ……みのり……っ」
「……久しぶり」

目の前に現れた女性店員、いや、女装店員は
紛れもなく瀬野みのりだった。
髪を伸ばしているが、その美貌は10年前とまったく変わっていない。

「あっ、コーヒーですね! 少々お待ちくださぁい」

そう言うとみのりは足早に厨房へと入っていって
そのままフロアには出てこなくなった。
それほどまでに、自分との思い出は彼にとってつらいものだったのだろうか。

「お待たせ~。ごめんね龍二、こんな入り辛いとこで」
「まったくだ…」
「イライラしてる?って言うより、ソワソワしてる?」

さすがこの女の洞察力は素晴らしい。
龍二の手掛ける雑誌『静木』の看板作家・潮見玲子である。
肩までの髪をさりげなく耳の上で編み込んでいる、美しい白い頬骨がよく見える。

「……」

そう、自分は女が好きなのだ。
先ほど、みのりを見つめていたのは、女の格好をしていたからだ。

3時間ほどが経過し、龍二はタクシーで玲子を送ると
再び店に戻った。
窓から中の様子をうかがうと、みのりが笑顔で接客をしていた。
さらさらの栗毛は手入れが行き届いていて、どこか日本人離れした彼の顔立ちを
いっそう魅力的に引き立てている。

21時、22時、閉店の時間になって
ほかのスタッフが店を出てくるようになっても
なぜかみのりは出てこない。
しばらくすると、ようやく出てきた。
みのりよりもかなり上背のある、細身の男と一緒に。

「……あ……」

その表情を、ふたりの様子を見て、すべて納得がいった。
一瞬の間に、ふたりの情事の光景までもが龍二の脳裏を席巻した。
みのりは気まずそうな顔で龍二を一瞥すると、
すぐに顔を背け、隣の男とともに歩んでいった。

俺は何をしているんだ。
龍二の中に黒く大きなもやが広がっていく。

◆ ◆ ◆

10年前―――

校庭は海の白い砂浜だった。
島民はたったの100人。
そんな島の中にある高校に龍二が転校してきたのは、高校2年の秋だった。

「浪川龍二といいます。静岡から来ました」
「じゃあ、浪川くんはそこの、瀬野みのりくんの隣ね。といっても、今までこの学年は瀬野くんひとりだったから」
「はあ…」
「驚いたでしょ」

瀬野みのりと呼ばれたその生徒は、初日から机に突っ伏して眠っていた。

「ほら、みのりくん起きて」

いやいや顔を上げ、眠そうな声で「はい」と言った彼。
その声に、横顔に、龍二は文字どおり"釘づけ"になった。
海辺に吹く風とは思えない爽やかな秋のそれが、みのりの髪をいたずに撫でていく。
白い頬をくすぐる栗色の髪。細く高い鼻筋。黒い、大きな瞳。
魔力のような美しさだった。

「よろしく」

みのりはそう言って微笑んだ。