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海竜王の宮 深雪  虐殺6

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 小竜の背中の傷は、それほど大きくはなかった。おそらく守猫が防いでくれたのだろう。それに、銀色の鱗も生えているから、傷としては浅いものだ。問題なのは、やはり左目で、眼球を抜いたから、空っぽの眼窩があるだけの状態だ。再生はするだろうが、これは時間がかかる。
 傷を洗い清め、薬湯を飲ませると、今度は、簾の手当てだ。背中の半分が異様に腫れている。
「折れておりますね。」
「そうだろうな。感覚がおかしい。・・・まあ、そのうちくっつくさ。適当に冷やしておいてくれ。」
 多少、片腕が不自由だが支障はない。肩と肩甲骨あたりが折れているらしい。こちらも再生されるはずだから、簾も気にしていない。消毒のために用意していた強い酒を呷って、痛み止めの代わりにする。これぐらいのことは、簾には慣れた事だ。放浪していた時も、喧嘩をしていたから、怪我したこともある。動けないほどではないから、それほど重傷ではないという感覚だ。腫れを冷やすための湿布をしてもらい、新しい男物の包を着ると、やれやれと息を吐いた。




 水晶宮では、一足先に戻って来た白那が、竜王たちに状況は報告していた。後から、叔卿は無事に戻って来ると言われて、一同、安堵したものの、小竜の怪我に誰もが顔色を変えた。その報告に、華梨は、すぐに西海の宮へ下ろうとしたが、紅竜王に止められた。
「叔卿が戻って、事態が収束するまで、おまえも水晶宮に待機していなさい、華梨。」
「なぜですかっっ、仲卿兄上っっ。」
「この臨戦態勢の水晶宮に黄龍の姿がないのは不審だろう。叔卿がシユウの宮城から戻り、シユウの報復があるかもしれない時だぞ? おまえと母上で、水晶宮の防衛を担うのが役目だ。」
「ですが、背の君は怪我をっっ。」
 もちろん、兄弟も両親も、華梨の気持ちは理解しているが、それでも勝手に動かれては困るのだ。防衛の要である黄龍が不在では、竜族からも不審に思われてしまう。仲卿ではなく、長が華梨の前に立つ。
「簾が、看護している。・・・たぶん、あいつのことだから、最強の乳母を呼び寄せる手配もしているだろう。表向きのことをしないでは、おまえの勝手は許されない。水晶宮を守護する。それが黄龍の役目だ。耐えてくれ、華梨。」
 簾のことだから、そこいらは、なんとかしているはずだ。シユウの報復に対するには、竜王と黄龍が水晶宮に揃っていることが必要だから、長も、そう命じる。深雪の身も、簾のことも心配だが、ここで嘆くわけには行かないのだ。簾は朱雀だ。海中に長く居れば、それだけで命が削られる。それを承知で看護しているのだから、こちらも、それは承知の上で、表向きの対処をしなければならない。
「まさか・・・伯卿。」
「ええ、そのまさかでしょう。あいつのことだから、謡池の霊水のことは頭にあったはずだ。それを届けさせるには、それなりの理由が要る。正直に応援は乞うたと思います。」
 謡池の桃園にある湧水は、霊水と呼ばれている。ある程度の植物性の毒ならば、それを使うことで解毒できる代物だ。シユウの毒は単純な植物毒のはずだから、それなら可能だと考えているだろう。それぐらいのことは、伯卿にも予想できる。ただし、それを貰い受けるには、西王母の許可が必要で、滅多なことでは下賜されないものでもある。理由を正直に告げれば、小竜の後見をしている西王母は動くはずだ。あの方なら、どんなものが襲ってきても迎撃可能だろうし、簾が力尽きても後を任せられる。
「我が妻ながら、優秀な参謀です。そちらのことは、簾に任せてください、父上、母上。」
「ですが、簾は。」
 もちろん、この場のものは、簾が朱雀であり海中に長く居れば命を削ることも理解している。
「母上、簾は、深雪の命に責任を持つと言ったのです。その責任を果さねば、当人も納得はしません。・・・・深雪の身を守るためなら、私も、それを許します。」
 内心では、身が切られる思いだが、伯卿も、そう断言する。すぐにでも、水晶宮へ連れ戻したいが、今は叔卿探索で、水晶宮も騒がしい。小竜が大怪我をして帰還したとあっては、おかしな噂が立ちかねないし、シユウの宮城を破壊するほどの力があることが露見するのもマズイ。だから、ここには呼び戻すことが出来ない。簾も、それは承知しているだろう。元々、叔卿が死んでいたら、簾は叔卿の名誉を守るために、シユウの王を滅ぼすつもりだった。別れは、すでにしてある。
「そういうことならば、最強の乳母殿にお任せいたしまょう、長。あなたが懸念されることも解消してくださるはずです。」
 白那は、その乳母と付き合いも長い。むざむざ、朱雀を海中に放置するような真似はしないだろう。
「そうですね、父上。・・・・とりあえず、叔卿が戻り次第、迎撃態勢をとって、二週間といったところでしょう。それまでは、乳母殿に差配していただきましょう。・・・・華梨、二週間だ。」
 参謀を務める仲卿も父親の意見に賛同する。まあ、そういうことは、あちらのほうが上手に采配してくれる。まずは、水晶宮の防衛と、叔卿の騒ぎを鎮めねばならない。
「長、華梨ともども、我らは水晶宮の防衛に勤めます。お任せを。」
 是稀のほうも、そう言って、息子に頷く。竜族の威信を傾けるわけにはいかない。華梨と二人して、公宮に居座っているつもりだ。
「華梨、我慢しておくれ。深雪は大丈夫だ。・・・きっと、乳母様が看病してくださるから。」
 一番年の近い季卿が、妹の肩に手を置いて声をかける。どうあっても、華梨の姿は必要だ。勝手に飛び出さないように、季卿と母親とで監視する。
「わかっております。これからの茶番、見事に演じきって、背の君の許へ参上いたしますわ。背の君は、私の願いを叶えてくださったのですから、今度は、私が引継ぎます。」
 もちろん、華梨も、逃亡するつもりはない。ここで、勝手なことをすれば、竜族を束ねる地位を疎かにしたと謗られる。そんなことがあっては、自分の背の君に顔向けが出来ない。どんなに不安でも、兎に角、これからの茶番劇は演じきらねばならない。




 蓮貴妃は、傷ついた翼で最高速でブッ千切り、謡池に辿り着いたのは、簾と分かれて数刻の内のことだった。さすがに、無理をしたから、片羽は、さらに傷が悪化していたが、すぐさま人型に戻り、謡池の宮殿に走りこむ。
「申し上げます、我が上、青海竜王妃 簾公主よりの書状を持参いたしました。火急のことゆえ、なにとぞ、速やかに西王母様に取次ぎを。」
 宮殿の前で、大声で叫ぶと、女官の一人が、「しばし、待て。」 と、言い置いて走り去った。ここは、女仙しか存在していない場所だ。過去、たった一人だけ男仙が住んでいたことがあるが、それも、すでにいなくなって久しい。
 しばらくすると、青麒麟が宮殿の上空から現れた。麒麟の最年長となった青飛だった。
「どうした? 蓮貴妃。その姿は。」
「今は、そんなことは、どうでもいい。西王母様はいらっしゃるのか? 」
 もちろん、蓮貴妃も服は乱れているし、羽のあった部分は衣服も血塗られた状態だ。尋常な訪問でないのは、一目でわかる。
「だから、俺が案内に来た。飛べるか? 」
「ああ、問題はない。案内を頼む。」