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和尚さんの法話 「お地蔵さま」

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それから自分の願いを、と願うわけです。

そういう人があるということですね。

それに対してお地蔵様に、ご飯を食べる間ですから、長くても一時間くらいですね。
その間の時間に名前を称えて念じて礼拝をして供養をして願うわけです。


お一人の菩薩様でも、例えば普賢菩薩とか観音菩薩に諸のご眷族が大勢いらっしゃるのですからその方々に百劫の間するわけですが、お地蔵様にはご飯を食べる間でいいということです。

どうしてかといいますと、お地蔵様にはそれだけの功徳があるからだというわけです。

ですからそれだけの長い時間をかけて他の菩薩方を信仰するよりも、お地蔵様に信仰したほうが功徳が大きいということです。


『地蔵菩薩本願経』

次に「地蔵菩薩本願経」というお経ですが、このお経は、忉利天(とうりてん)という天上界でお説法なさったときに説いたお経です。

お釈迦様が九十日間、忉利天へ上られてお母さんのためにお説法をしたんですね。
そしていろんなお経を説いたわけです。そのなかに地蔵経も説かれたんです。

この地上で説かれたお経ではないのです。
そのときに諸の菩薩摩訶薩が集まってきたんですね。

この地蔵菩薩は、非常に業の深い衆生も、因果の道理を説いて皆導いていくわけですね。

お釈迦様が、お地蔵さんというお方はこういう方で、過去にこういうことがあったと説いていくわけなんです。


また、過去に、不可思議劫(数えることの出来ない過去)に覚華定自在王如来という方が、過去、不可思議劫に現れたことがある。

その仏がなくなって以後五百年ほどたった後に一人の婆羅門の娘があった。
婆羅門というのは、仏教を信じている娘さんのことです。

在家宗教のことですね。
その娘さんは、宿福深厚といって、前世の徳が非常に高いんです。

宿とは、前世という意味で、福は功徳ですので、前世の徳が深く厚いということで徳が高いということですね。

多くの人からも皆に敬われ、慕われて愛される。

そういう女性であった。ですので、その女性が寝ても覚めてもいつでも天から仏教守護の、帝釈天とか梵天とか皆が守ってるわけです。

ところが其の母、闍を信じて、闍というのは間違った宗教です。
例えば迷信とかね。そういうのを信じて、三宝を軽んじた。三宝というのは、仏法僧のことですね。

その娘さんが母に、そういうことをしたらいけません、善いことをしたら善い報いがあるし、悪いことをしたら悪い報いを受けるんですよと教えるわけです。

その娘さんは仏教の教えを信じているわけですね。

それで時々は、ああそうかいなと、お母さんもそういう気になるんですね。

然し、善い心になったり悪い心になったりするのですが、仏教を信じることが出来なくて、最後は悪い業を積む。

そして命が終わって魂神(霊魂のことですね)無間地獄に落ちるわけです。

娘さんは、お母さんに教えたけども、お母さんは因果の道理を信じずに死んでしもうた。きっといい所へ行ってないに違いないと。

きっと三悪趣(三悪道)に行っているに違いないと思って、ついに家屋敷を売ってしまって、お花やお香、仏具を買って、覚華定自在王如来のお寺へ行って、母のために大いに供養をしたのです。

そしてその如来様の尊い立派な仏像のお姿を礼拝して、心の中でつぶやいたんです。

仏様は大覚にして、悟りを開いているから、知らないことがない。

若しも、如来様がこの世にいらっしゃいましたら、同じ時代に生まれていたら、きっと私の母が何処へ行ったのか教えて下さいますのに、と悩んだのですね。

母のことを訪ねようにも訪ねようもないと。

今でいうお釈迦様ですね、お釈迦様は存命しないのと同じですね。

お釈迦様と同じ時代に生まれ合わせていたら教えて頂けるのにと、いうことです。

覚華定自在王如来様にお会いできないのが悔しいと、泣くのですね。
そうして、悩みながら拝んでいたら天から声が聞こえてくるのです。

「そんなに嘆くなと、おまえの母は今何処へ行っているのか教えてやろう」という声が聞こえてくるんですね。

婆羅門の娘は合掌して空に向かって、これはなんと不思議なことだろうかと。

母が死んでから私は寝ても覚めてもお母さんのことが気になってるけれども、自分では分からないし人に聞いても分からない。


「我は過去の覚華定自在王如来なり」と天の声がそういうわけです。

「世の中には孝行な親を思う子はいるが、然しながらお前の母を思う気持ちは並のものではない。その真心に免じて私は母のことを告げに来た」

その声を聞いて娘さんは、びっくりして倒れてしまうんですね。

そして気を失ってしまうんです。

しばらくして誰かが両脇から起こしてくれて気が付いたんです。

そして仏様に、どうか慈悲を持って私の母の生まれたところを教えて下さいませと。

私は場合によっては死んでしまうかもしれないと。

それほど勢いよく倒れたようですね。

覚華定自在王如来曰く、お前の寿命は大丈夫だから、供養し終わったら家に帰って、座って一所懸命に私の名前を念じよと告げたんです。

そうして念じたら母の居るところが分かると。

それで娘さんは、家に帰って、一日一夜ぶっとうしで祈ってたんです。

そして、ふっと気がつくと、自分はいつの間にか大きな海原の前へ来ていました。

魂ですね、今でいう幽体離脱ですね。

そしてその海の水が煮えたぎっているというんです。
しかも、その海には見たこともない獣がいて、その身体は鉄の身体で出来ているんです。

その獣が海上に飛び上がっている。
よくありますね、水族館へいくとイルカがそういうことをしていますね。
海上に飛び上がって、どぼんと落ちる。

そういうふうな状態を想像してもらったらいいです。

こんな鉄の獣はこの世にはありませんよ、あの世の地獄にしかいない。

その獣が海上を飛んだり跳ねたりしているというんです。

そして其の海には大勢の男女がいて、その獣に食いちぎられているというのです。

そこに夜叉が現れて、その夜叉にはいろいろな夜叉がる。

或る夜叉には手がたくさんあり、或る夜叉には目がたくさんある。

或は足がたくさんある。

そして夜叉には牙があり、その牙は口から出て、刀のように鋭くて剣のようだ。

その夜叉が罪人を駆り立てて、獣に近付ける。そして獣に食いちぎらせるのです。

その獣が怖いから夜叉のほうへ逃げてくると、海老のように背中を折り曲げて頭に足が付くように折るというんです。

残酷でとても見ていられないというのです。


婆羅門の娘さんは、その様子を見ても少しも恐れることがない。

そこへ一人の鬼王が現れた。鬼にも位があって、鬼の王というんですから相当位のある鬼に違いないですね。

無毒という名の鬼王が現れて、娘さんに対して合掌をして迎える。

そして、聖女、なんによりてあなた様のような菩薩がここに来たのですかと問うのです。

もう菩薩なんですね。

だから鬼王は、菩薩様、あなたは何の用でここへ来ましたかと聞くんですね。

婆羅門の娘は、その鬼に、ここはどんなところでしょうかと聞いたんです。