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クロという青年

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男の話


金で買える物も買えない物も、この世に存在するモノはすべて手に入れたと豪語する男がいた。
そこに、奇妙な事件が起こる。
その男がある日、抜け殻となって発見される。
血は通っている。命はある。死んではいない。ただ、既に生きてはいない―
これは、その奇妙な事件の、面白くもない顛末。


 その男は、不老不死を望んだ。
「うっわー…何それ。すげぇありきたり。ありきたりすぎてあくびが出る」
 そう言って、青年は本気であくびをしてみせた。
「ふん。何とでも言うがいい。なにせ、他の目ぼしいものは一通り手に入れてしまったんだ」
「全部ニセモンだろ?」
 馬鹿にした口調でつぶやくそんな言葉にも、男は気を悪くした様子はない。
「偽物でもあるものはある」
「まぁ何だって構わねぇけどさ」
 面倒臭そうに頭をかきながら言って、再び大あくびを一つ。
「それで?出来るのか出来ないのか?」
「出来るよ。フツーに出来る。赤子の首を捻るより簡単」
 青年が、くいっ、と芝居がかった仕草で手をひねって見せる。
 その様子を見て、男が満足そうにうなづいた。
「ほぅ…それで、報酬は何が欲しい?」
「あんたの一番大事なモノをまるまる一個」
「そんな物でいいのか?」
「一番大事なモノも不老不死に比べれば“そんな物”ですか…素晴らしいご身分ですこと」
 ますます小馬鹿にした口調で青年がひとりごちる。
 今度はさすがに男の癇に障ったらしく
「何か文句があるのか?」
 語気を荒らげて返すと、青年がふらふらと手を振りながら
「いえいえ別に。じゃ、払う気はあんのね」
 と事務的に応えた。
「もちろんだ。不老不死が手に入るなら安いものだろうさ」
「ふーん。んじゃ早速」
 ふわり、と青年の手が男の頭上に伸びる。
「…」
 そして、それだけだ。
 そのままゆっくりと手を引くと、満足そうに笑う青年。
「ほい出来た。不老不死いっちょあがりー」
「…何も変化がないようだが?」
 きょとんとした口調で男が言うと、青年は明らかに呆れた表情をした。
「あんた、こんな大事な変化にも気付けないほどモウロクしてんのか。こりゃ美味くないかもなー…」
「…何か言ったか?」
「別に?んじゃ実証しましょうかねー…」
 気だるそうに囁く。と、次の瞬間青年は虚空から傘を取り出し、

 ずぶり、と男の胸に突き刺した。

 すべては一瞬の出来事。男の目が驚愕に見開かれ、
「………はは、はははははは…」
 堰を切ったように笑い出した。
「こ、これはどういうことだ?痛みも無く血すら出んぞ?」
「ご納得頂けましたか?」
 青年が傘を引き抜いてみせる。傘には一片の肉も、一滴の血もこびりついてはいない。
 男が胸を触ると、傷は跡形も残っていなかった。
「素晴らしい!これなら確かに不死であろうな!」
「まーな。不老の方は証明できねーけど、ま、こっちの証明はいらねーだろ?」
 その声が男に届いた様子はない。自分の胸を触ってはその結果にただ喜んでいる。
 青年が苛ついたようにかつん!と傘を地面に突き立てると、その音にやっと男が反応した。
「あぁすまん、いやいやこれは満足だ!まさか本当にやってのけるとは…」
「気に入って頂けましたかな?」
「ああ、もちろんだ。…そうだ、報酬を渡さねばな。何が欲しい?一つだけと言わずくれてやっても…」
「いや、いい。もう貰った。つーか“一番大事なモン”が複数あるって言ってること無茶苦茶…」
「…は?」
「ん、聞こえなかったか?もう貰った、と言ったんだが」
 “もう貰った”。そう言われても、男は何も取られた覚えはない。
 青年にしたって、何かを持っている様子は―
 ―あの手の上に浮いているものはなんだ?
「気付くの遅っ。…これだよ。あんたの一番大事なモンは」
 それは、丸い。
「…俺のコレクションに、そんなものは」
 柔らかそうな質感でふわりと白を纏っている。
「んだよ。あんた、自分の一番大事なモンが何かも解んなくなってんのか?喰い甲斐がねぇなー…」
 完全な球体ではないようだ。尻尾のような物が生え、それがこちらの方に伸びている。
「これは」
 それは。

「あんたの魂だ」

「…は?」
「これ以上大事なモンなんざあるか?何せあんた自身だぜこれは」
 青年が、うっとりした目つきでそれを愛でる。
「綺麗だよなー…どんな奴の魂でも、特定の条件下でなら恐ろしい程綺麗に輝くんだぜ」
「な、何を」
「やっぱ気付いてなかったんだなー…生物にとって、魂以上に大事なモンなんてねーんだよ」
「き、貴様、騙したのか!?」
「人聞きの悪いこと言わないでもらいたいな!」
 正に心外と言った表情で男を睨む青年。
 青年がそれを力任せに手繰ると、男の身体から突然力が抜け、がくりとその場に倒れ込んだ。
「騙してはねーんだよ。あんたは確かに不老不死だ。死に神に魂狩られて、そこで初めてその人は死ぬんだからな。とはいえ、俺に持ってかれてもそれはそれで、あんたらの概念では死んだことになるんだろうけどなー」
「な、んだと…」
「年もそりゃ取らないよ。俺にこの魂持ってかれたら、さっき言った通りその場であんた死ぬからな。つーことで不老不死成立してんのよ。単に俺とあんたの“不老不死”の概念が違っただけ」
「き、さ、ま、」
「…あ、やっちまった。せっかく白かったのに端からまずくなっていきやがる…やっぱ説明なんざしなきゃ良かった」
 吐き捨てるように呟く。
「んじゃ回収させてもらいまーす」
「貴様、ぶち殺」
 最後の力を振り絞り、男が攻撃に転じて、
「ほいっと」
 そして、それだけだった。
 僅かに繋がっていた魂の尻尾が抜き取られた瞬間、男は音もなく固まり、その場にどさりと落ちる。
 後には青年と、その手の上で青白く光る球だけが動いている。
「うっわー…最悪。半分以上黒くなってやがる」
 見れば、球はさっきまでとは比べ物にならないほど黒く染まっていた。
「元々不味そうだったけど、こりゃあんま喰いたくねぇな…説明なんてするんじゃなかったホント」
 溜め息混じりにそう呟くと、その球を口に放り込んだ。
 ごくり、と一飲み。
「うげー…飲み込んでもまじぃ…」
 気持ち悪そうに顔を歪める青年。
「…駄目だ。限界。一回帰ろう」
 そう言うと青年は目の前で傘をくるりと振り回し、次の瞬間には消えている。
 後には、物言わぬ男が一つ、転がっているだけであった。


とまぁ、話はこれでお仕舞い。どう?面白くなかったろ?
ん?俺は誰かって?
…それくらいはわかってると思ってたぞ…
へ?ああはいはい冗談だって。あんたがわからないはずないからな。
喰われた男以外にこの話を知ってるやつと言ったら、もちろん一人しかいねぇもん。
あんたが聞いてんのは俺の正体だろ?死神か悪魔か、はたまた新手の妖怪か…
…さぁな。自分の正体なんぞ知るか。そもそも俺には特定の名前すらないんだぜ?
…あぁ、そういやすごい馴染んでる名前なら一個だけあるな。
“クロ”っての。ほら、俺に合ってると思わねぇ?
まぁそんな感じで、俺の話は一先ず終い。
他の話に関しては、またどっかで縁があればってことで。
作品名:クロという青年 作家名:泡沫 煙