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海竜王の宮 深雪  虐殺1

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「好きにおやり。それが一番の解決策だ。」
 父は、大したことではない口調で、そう吐き出した。それから、慈愛の篭った目で、自分を眺めている。
「ですが・・・お父さん? それは・・・」
「もちろん、おまえとは永久に逢えなくなることは、私も理解しているよ? だが、おまえが苦しむだけで過ごすのも、私には胸に痛いのだよ。それなら、おまえが望むようにしたほうがいいと思うのだ。・・・なに、おまえとは、逢えないが、おまえの魂とは逢える。それで良いと・・・私は決めたのさ。」
 どうしても、心持ちは変えられなかった。どんなに修行しても学業に勤しもうと、その気持ちは変えられなかったのだ。ここ百年は、そんな感じで、どうにも心が苦しくて、父親に相談した。父は、崑崙の学者で、古今東西の事象に詳しい。何か解決策があるのでは、と、縋りついたら、この返事だ。
「・・・母上は、なんとおっしゃるか・・・」
「ほほほほ・・・そりゃ、おまえ。大層に残念がることだろうさ。けどね、碧。おまえの母は、おまえが望むことには反対はされないだろう。子供の望むことを捻じ曲げてまで、親の望みを通すなんて、それは非道な行いだ。それで、おまえが幸せになるなら、まだしも、苦しいだけの生き方なんて望むべくもない。だから、好きにおやりなさい。寂しいのは、私も同様だが・・・おまえが望むなら、しょうがない。いつか、おまえの魂が戻って来たら、また文句を聞いてもらうさ。」
 全てを理解して、自分の考えを肯定してくれる父は強いのだろう。母も同じように、頷いてくれると言う。望むべきことが、そうであるならやるべきだと勧めてくれる。有り難いことだ。ただ、無性に悲しい。誰も悪いわけではないのだ。
「おまえは人間だった。ただ、それだけのことだ。それなら、戻ればいい。」
「そうですね。・・・・私は人間でした。 人間であることから仙人にはなれなかった。」
「人間としての暮らしを知らなかったのだから、それは、変えようのない事実だ。それを私が解ってやらなかった。すまなかったね? 碧。」
「とんでもない。私自身が理解していなかったのですから、お父さんに謝罪を受ける必要はございません。長く育てていただきありがとうございました。」
 大人の姿になるまで、大切に育ててもらった。言葉すら知らない子供だった私は、この方たちに養護されて、大人にしてもらった。その間は幸せだった。大人になって、正式に仕事をすることになって、ようやく違和感を感じ始めた。そこから、永遠ともいえる時間、同じ暮らしをすることに耐えられなくなったのだ。私は人間のままに、仙人になってしまった。だから、永い時間の生き方を取得できなかったのだ。それに気付いて、どうするか考えた。答えは、当に出ている。だが、それでも、何かないのかと考えたが、父も、私が出した答えを肯定しただけだ。
「こちらこそ、楽しい生活をさせていただいた。ありがとう、碧。私には、息子は、おまえ一人だ。どうぞ、これからも望むように幸せにやっておくれ。それが、父の願いだ。」
 気鬱の病は、原因を解消しなければ治る見込みはない。原因が、それであるなら、方法は、それしかない。こればかりは、どうにかできるものではない。それなら、息子の望むようにしてやるしかない。残念ではあるが、それで息子の心持ちが救われるなら、勧めるしかないのだ。息子は、目を真っ赤にして、少し口元を歪めた。
「わかりました。母に報告してまいります。」
「そうそう、碧。どうせ、誠実なおまえのことだ。一人一人、知り合いに挨拶はするのだろう。父は、一番最後を所望する。最後に、おまえと酒を酌み交わしておきたい。」
「承知いたしました。では、次にお会いするまでに、良い酒を用意しておいてください。」
「ほほほほ・・・甘露な酒を用意しておくよ。」
「そうですね。もう、呑むこともないでしょうから。・・・・母に叱られませんか? お父さん。」
「別に、それぐらいはいいだろう。おまえのことも、ほとんど手放さずに育てて、私には、なかなか逢わせてくれなかったんだ。これぐらいは報復しておかなければね? 」
 父は、そう言って微笑んだ。最初、私は母の元へ保護された。言葉も知らない私は、母が手ずから世話をして、少し大きくなるまで、父に報告もしなかった。そのことを今だに、おっしゃっている。本来、私は母の養い子で、父とは縁があったわけではない。だが、父は息子ができたと、大層、喜んで、私の保護者に納まってくれたのだ。両親のどちらもが、私を大切に育ててくれた。それなのに、こんな形になったのは、私にとっても残念だった。だが、どうにもできない心を抑え込むことにも疲れていた。何もかも承知の上で、父は私の背中を押してくれた。



 東王父の一人息子は、冥界に飛び込んで、人間へと転生した。その当時、かなり衝撃的な事件として広まったが、それも、時間が経つうちに忘れ去られていった。本来、人間が憧れる仙人が、人間に憧れて人間に戻るために転生するというのは、有り得ないことだったからだ。だが、真相は少し違う。人間のままに仙人の寿命を授かったから、その寿命の永さに耐えられなくなった。それについては、誰が悪いわけでもない。ただ 巡り合わせが悪かっただけだ。
 その息子の魂は、転生をして人間に戻った。西王母は、その魂を追跡させて、最初のうちは何かと手を貸したが、そこから行方がわからなくなり、次に現れてからは、手が出せなかった。碧の魂は、遠く離れた場所に出現したからだ。
「あなた様、放蕩息子より便りが参りました。」
 妻が、そんなことを言って現れた。おやおや、と、東王父が目を丸くする。魂は転生してしまえば、前世の記憶は一切なくなる。その息子が便りを寄越すことなど不可能なことだ。
「それは、どのようなものですか? あなた様。」
「子供を神仙界へ寄越しました。」
「はい? 碧の息子ですか? 」
「正確に血の繋がりはございませんが、碧が手塩に掛けて育てた子供にございます。縁あって、黄龍の婿殿に定まりましてございます。」
 妻は、手の出せない場所ではあっても、きちんと動向は掴んでいたらしい。相変わらず、息子は短い人生を謳歌しているらしい。また奇妙な巡り合わせで、今度は息子の養い子がやってくるのだと言う。それには、東王父も大笑いした。
「確かに、それは便りでございますね? あなた様。」
「ええ、良き便りにございます。とても心根の優しい子供でございます。・・・・従いまして、わたくしどもは祖父母ということに相成ります。」
「そうなりますな。」
 この段階で、妻が考えることなど、東王父には、お見通しだ。息子の寄越した便りなら、全力で応えなくてはならない。それは、東王父にしても同意できることだ。
「おそらく、白那は、あなた様に後見を依頼するでしょう。ですが、それでは認められません。今回に限り、祖父母が、その任に当たりたいと思いますが、いかがです? 」
「まあ、そうなりましょうな。ですが、あなた様、麟の時のように独占されては困りますよ? 事後報告はやめていただきたい。」
「おほほほ・・・麟は、たまたま保護しただけです。」