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使者

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使者



 使者イェニは、闇の中で頭を抱えてうずくまっていた。今回やってきたのは、それほど大きくもなければ栄えているわけでもない、地方領主の治める町だ。今、この町はかつて騎士として、統治者として多くの名声を得た老領主が病に倒れ、いよいよ明日をも知れぬ容体となり、人々の活動する時間帯には空気そのものにわずかな緊張感を含んでいる。しかし、夜になればその空気の緊張もだいぶ和らぎ、人々は平時と変わらず仕事の疲れを癒すため穏やかに眠りにつく。農業が主要産業なので、町の中とはいえ中央通り以外は街灯もなく、夜は暗い。そんな、言ってしまえば片田舎の町の、その中心部からも外れた小さな広場が、イェニの座り込んでいる場所だ。
 広場の周囲に並ぶ周囲の家々の灯りは既にほとんどが消され、寝静まっている時間だ。中央通りに少しばかりある、夜通し営業する酒場から漏れる音声もごく微かに届くか届かないか、という位置の広場は、昼間は農産品を中心にいくつかの露店が並びささやかな活気を見せるが、夜中となった現在はイェニの他に人の気配はない。人以外の気配は無数に存在するが、それらはイェニを完全に無視している。広場は周囲を低い柵に囲まれ、道路とは異なる模様の石畳が敷き詰められている。二日後に真月となる細く薄い月明かりが照らしてはいるが、その光は弱々しく、人間の目にはほぼ暗闇としか認識されないだろう。この環境はイェニの憂鬱極まりない表情を完全に隠してくれているのだが、隠したところで誰かが前を通り過ぎるということはまずないのだろうし、気にかけて声を掛けてくる可能性はさらに低い。むしろ、誰か来たら慌ててその場を去るのはイェニの方だろう。そんな、どう考えても健全とは言えない場所、時間に、半ば無意識に自分の髪を撫でながら、ぼんやりとした視線を漂わせつつ心に浮かぶ色々なことを整理しようとする。

 毎回、似たような堂々巡り。
 暗闇の中、思ったよりも星の数が少ない、と空を見上げる一方で、イェニは考える。既に仕事前の恒例行事と言ってしまってもいいだろう。その時の仕事場にほど近い、暗く淋しい場所で、これから取り掛かる仕事について、死の訪れを知らせる使者としての役割についてを、あれこれと思い考えを巡らせるのだ。別に仕事が嫌いなわけではない。特別に好きでもないが、これは彼女の一族に古くから引き継がれてきた習わし、あるいは家業としか言えないことなので、好きだの嫌いだのというのは考える前に無意味なのだ。
 それでも考えずにはいられない。これから会いに行く人はどんな人物なのか。どのような人生を送ってきて、その結果としてどのような人格を形成し、今を迎えているのか。その来るべき時に対して、どのような反応をするのだろうか。この最後の疑問が、毎回彼女を悩ませる。間もなく人生の終わりが到来することを告げることがイェニの役割だが、告げられる方は勝手に寝室まで上がり込んで来た使者に対してどう受け答えするのか。穏やかに受け入れるのか、激しく拒絶するのか。そのような単純なものではなく、不自然な生気を取り戻したかのような過剰な反応に出ることもあり得るのか。そのまた逆に、既にそのような力も残っておらず、ただ来るべき時まで眠り続けるのか。いっそのこと、完全に無視されてしまった方が、イェニにとっては楽なのかもしれない。
 目の前の仕事のことから、次第に自分だけの心配事やら劣等感やら何やらが混ざり込み、意識は内向きにぐるぐると渦を巻くような気分をイェニ自身に催させてくる。正直なところ、悩んだところで仕方がないことなのだが、これはもう、性格の問題だろう。わずかな好奇心もあるには違いないが、それをほぼ覆い隠してしまう不安、見知らぬ相手に対する恐怖というものが常にイェニの心中を占めている。同族の中では極めて珍しい性格で、極度の人見知りだし、他者との関係を維持することに恐ろしく神経をすり減らしてしまう。それなのに、彼女の仕事は常に見知らぬ相手と接することを迫られるものだ。矛盾している。仲間の中には、至って気楽に、脳天気とも思える調子で用を済ませ、何の後腐れもなく帰ってきてしまう者もいる。そのような仲間は、相手の反応など気にする必要はないのだと言う。確かにその通りではある。言葉を交わす必要はないし、先ほど自分でもいくらか思ったように、相手がこちらに気付く必要すら、実際にはない。ただ、枕元に立ち、その顔を見つめる。歓迎も忌避もされず、ただひっそりと、言葉には出さずに時を告げればよい。ただ、それだけの、説明すれば二言程度で済むような簡単な仕事だ。
 しかし、中にはイェニのように、物事が簡単なだけにかえって一度でも何かが引っかかると深く悩み、容易に鬱屈した思考の連鎖から抜け出せなくなる者もいる。やはり、イェニは他人と関わるのが苦手だった。苦手というよりは下手と言った方が、より適確かもしれない。どのような種族であろうと、ふたり以上が存在していれば、そのふたりは少なからず性格が異なる。性質は同じでも性格が異なる。どう猛な肉食獣の中にも、待ち伏せを得意とするものと追跡を得意とするものがいるように。同じ役割を負っている者でも、それぞれに他者との接し方は異なるものだ。イェニは、使者としてしか役割を務められないにもかかわらず、自分でも呆れるほど、他者との接触を苦手とするという困った性格の持ち主だった。

 仕事に取り掛かる時間が迫っている。イェニに出番が回って来るのは前回の仕事から千回ほど夜を迎えた程度に久しぶりだが、これは別に性格やら何かの問題を抱えて干されていたということではなく、彼女たちの出番が必要とされること自体がそれほど多くはないからで、千日という時間についても、流れ方は同じでもその意味するものは人間とイェニたち一族とでは大きく異なる。
 使者の訪問は、それが行われるべき人物に対してのみ行われる。統治者として人々を導き日々の安寧を分かち合うことができた者。戦いで多くの戦功を残した者。必ずしも公の功績として認知されているわけではないが、たゆまぬ努力で己の技を極めた者。このような、名を上げ、あるいは不出世ながら尊敬すべき人生を送った者だけが、誰かに認められ使者を迎える資格を得ることができるのだ。それは栄誉であるように見えるが、どう考えるかは人によるだろう。誰が使者を派遣しているのかはわからないのだし、使者の到来はその人物の人生の終わりを意味し、それ以上の働きはできないことを宣告してしまうことでもあるからだ。未練の残っている者からすれば、のこのこやって来られてもいい迷惑であろう。また、使者を迎えた者が死後に何かを得るのか、あるいはどこかに連れて行かれるのか、そのようなこともすべて不明だ。使者であるイェニたちもその辺りの事情はまったく知らない。要請を受ければ、指示された者のいる場所に赴くのが使者の仕事なのだ。その要請も、どのような形でもたらされるものなのか、一族の指導者層しか知ることのできない秘密となっている。
作品名:使者 作家名:ものぐさ