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思いこみ

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思いこみ






 駅前の雑踏から漸く抜け出した天本信也は、いつもの道を歩いている気がしないのでなぜだろうと考え始めた。夕暮れ時の狭いバス通りの両側には、特に元気な様子で営業している商店は少ない。
 中華料理店、蕎麦屋、不動産屋、韓国食材店、銭湯、信用金庫、眼鏡店、コンビニ、小料理屋、スナック、薬剤店、花屋、喫茶店、理髪店、美容院、お茶屋、バイク屋、八百屋、鮮魚店、コインランドリー、書店、法律事務所、駄菓子屋、寝具店、クリーニング店、酒屋、電器店……。
 いつものようにどの店も、営業不振ながら細々と存続しているような印象だ。つまり、最近変化したところはないと思う。全てが商店ではなく、ありきたりな住宅やマンションも挟まれている。はっきりと断言はできないのだが、どの建築物にも最近の変化を認めることはできない。そもそもそれらをいつも注意深く観察しているわけではないのだから、本当は少しづつ変化しているのかも知れない。そうした僅かな変化の積み重ねが、急な印象の変化として、天本の意識に感じ取られたのかも知れない。
 それとも、歩いている人が変わったのだろうか。いつも同じ人が歩いている筈はないので、現在そこを歩いている人々や通過する自転車に乗っている人々が、街の雰囲気を変えてしまうことは、考えられないことではない。
「おーい。久しぶりだなぁ。元気だった?」
 角ばった顔の長身の男が、曲がり角を曲がって現れた。その姿に、天本は見覚えがなかった。
「……どなたでしたっけ?あなたには見覚えがありませんが」
 ベージュのスーツを着ているのだが、勿論その衣服にも馴染みがない。
「俺だよ、俺。情けないねえ、毎晩のように一緒に遊んだあの頃を忘れたってか?」
 何も思い出せない天本は、その男とは初対面だと思っている。こういう冗談が流行っているのだろうか。「あの頃」というのは何年前を差しているのだろうか。
作品名:思いこみ 作家名:マナーモード