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りんごの情事

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第8話



「くーちゃんも乗ってるんだから、屁こくなよ。」
 仁田村からの牽制。政宗は「屁だけに、へいへーい」と気の抜けた返事をする。
 東京から甲子園のある兵庫まで政宗が用意した交通手段とは、レンタカーだった。甲子園に行くメンツは政宗と仁田村と龍と來未だ。昔野は親戚が来るから、天花は制作が佳境を迎えているため、一真はインターンのためそれぞれ行くことが出来ない。仁田村も提出しなければいけないものがあったが、根性で昨晩終了させた。眠気で頭がぼんやりしているが、助手席で政宗のフォローに徹する。
 後部座席には助手席側に來未が座り、運転席側に龍が座っている。運転席側の龍は政宗の放屁対策だ。
「來未さん、今日もジャイアンツの帽子被ってるンすね。随分お気に入りっすね。」
 甲子園に行くというのに、來未は相変わらずジャイアンツのキャップを被っている。
「くーちゃん、本当にお気に入りだねぇ。でも、関西にジャイアンツの帽子はちょっと危ないんじゃない?」
 バックミラーで二人の姿を確認しながら、仁田村が言う。
「向こうに着いたらニタがもっと可愛らしい帽子、買ってあげるよ?」
「別に良いんじゃね?タイガースの試合を見るわけではないんだから。くーちゃんが気に入ってるなら、それで良いんじゃない?ねぇ、くーちゃん。」
 政宗がフォローに入る。甲子園球場はジャイアンツをライバル視するタイガースの本拠地だ。そんなアウェーな場所にジャイアンツのキャップを被って歩きまわるのは、確かに危ない。そんなことは考えていなかった。でも、独りで歩き回るわけでもないし、大丈夫だろう。
「このままで、大丈夫です。」
「ホントに気に入ってるんだねー。」
「…はい。」
 來未自身、このキャップに執着する理由は良く分からなかった。
 人間として明吉のことは大好きだが、それは仁田村を好きなのと同じ気持ちであって、これまで大崎に向けていた感情とは違う。しかし、だからこそ、一生懸命応援したい。親元を離れて、独りで寮に入って、夢に向かって頑張ってる。自分も親元が離れ、独りで東京に暮らしているが、明吉のように何かを一生懸命頑張っているわけではない。自分と少しだけ似た境遇なのに、一生懸命何かに打ち込んでいる明吉の姿は格好良くもあり、羨ましい。
 
 
 東京から甲子園まで、レンタカーで8時間ほどかかった。政宗が放屁することなく、無事にたどり着いたが、周りは既に暗くなっている。近くのファミレスで食事を取った後、ビジネスホテルに泊まった。ホテルでは男女に別れてツインの部屋に泊まった。
 部屋のテレビを付けると、明日の甲子園準決勝の特集番組が放送されていた。明日の試合の見物である明吉の投球を中心に組まれていたが、最後の方に明吉のイケメンぶりについて言及されていた。試合と全然関係ない内容に、仁田村はゲラゲラ笑っていた。
「あいつ、今最高にモテ期じゃん!あっはっはっは!」
「すごいですねぇ。」
「全国の女性から熱い視線に応えなきゃだなぁ。明吉クンよ。」
「ふふふ」
 來未は携帯を開くと、2時間くらい前に明吉からメールが届いていた。
 高速道路のサービスエリアに立ち寄った時に來未が送ったメールの返事だ。『約束通り、りんご荘のみんなと甲子園に応援に行きますよ』と送った。
『ありがとう!皆で来てくれて、嬉しいよ。ここまで来れたからには、全力を出し尽くすよ。本当にありがとう。』
 來未は『頑張ってください!!おやすみなさい』と一言だけ返信した。明吉は明日のために、きっともう寝てるかもしれない。だから、簡素な返事で良い。明日のために明日のことだけを考えて今日は休んでいてほしい。
 夢の舞台が、明吉を待っているのだから。



***************


 翌朝、政宗が早起きして席を取っておいてくれたので、來未達はのんびり甲子園へと足を運んだ。來未は仁田村の反対を他所に、ジャイアンツのキャップを被ってきた。「お茶の間にジャイアンツの帽子を被った甲子園球場にいる女の子が放映されるんだよ。」とさんざん言われたが、別段気にしなかった。
 アルプスには、秀麗学園の生徒達が応援の準備をしている。応援団やブラスバンド、そして応援のためにわざわざ足を運んできた制服姿の大勢の生徒達。また、テレビカメラも多く見えた。甲子園も準決勝だ。今、多くの人々の話題の的だ。
 試合開始前、明吉をはじめとする秀麗学園の野球部員がグラウンドから挨拶を行った。
 こんなに人の雪崩の中に、明吉は來未達を見つけることが出来るのだろうか、と思ったが、挨拶が終わり、野球部員一同が「よろしくお願いいたします」とアルプスに向けて頭を下げたのち、明吉が來未達の方に向かって片腕を上げて見せた。たまたまなのかもしれないが、もしかすると明吉は來未達に気付いているのかもしれない。そう思うと、なんだかとても嬉しかった。政宗は感激のあまり「明吉、頑張れ」と大声を上げて叫んでいるくらいだ。
 試合は秀麗学園優位に進んで行った。
 驚くべきことに、明吉の調子が頗る良い。來未も皆で甲子園の試合中継をテレビで見ていたから、明吉の様子が良く分かるようになった。気迫がまるで鬼のようだ。そういえば、北澤高校との練習試合でみた明吉はこんな感じだったような気がする。テレビで見るのと実際見るのとではやはり違うのだろうか。しかし、驚異的な奪三振率である。
 更に恐ろしいことが起きた。
 8回裏、秀麗学園が3点のリードを迎えていた時のことである。今日の明吉は、投げるだけでなく、打つ方も調子が良かった。今のところ、全打席でヒットを打っている。そして、事件は起きた。
 明吉が打席に入った時、それはそれは素敵な快音が響いた。打ち上げられた白球はどんどん高く高く伸びて行き、そして、吸い込まれるように外野席へと入って行った。ホームランだ。秀麗学園アルプスには地鳴りのような大きな歓声が起こった。
「うおおお!明吉―!俺の弟!」
 立ち上がって叫び狂う政宗。そろそろ仁田村が突っ込む頃かなと、來未は思ったが、仁田村も政宗と一緒になって大喜びしている。
 悠々とホームに帰ってくる明吉。ホームベースを踏むと一瞬振り返り、秀麗学園のアルプスを見やる。そして、すぐにやって来たチームメイト達と抱擁を交わした。
 その後も明吉は投げ続け、1点も取られることなく試合の終了を迎えた。

 怪物、榎本明吉。果たして今晩はどのように評されるのか。


作品名:りんごの情事 作家名:藍澤 昴